古代エジプト関連限定ブログです! 宗教思想関連多め
10/2のアル・アハラム・オンラインの記事
アシュートの州知事の、娘の棺だそうです
すっごい綺麗な中王国の棺。クヌムヘテプとかあの辺の感じ?こんなきれいなのある???
しかもCTだって。
(説明なく出されたとき既出のものかと思った…こんな綺麗なの今出てくると思わなくて。先生から最近の発見にCTと聞いて、これ最近の、本物かあ、と(AI生成画像とか切り貼りとか平気でするからなあ)w )
みてくださいこれ。(上記の記事内の写真)
上のDd-mdwは読まないっぽい(途中で気付いたw)
赤い部分が文章の始まりだろうと思って読んでみたんですよ。
アテフ冠のこと言うなーと思って「Coffin Text Atef-crown」で検索したらフォークナーが引っかかり↓
Coffin Texts Spell 313 R. O. Faulkner
ドンピシャ(古い)でした。
OIP 67. The Egyptian Coffin Texts 4, Texts of Spells 268–354 Adriaan de Buck
分からないところ補えるかな?と思ったんですが、一行まるまる載ってなかったりしてダメだった…でも一部補えたよ! 無駄じゃない!
やってみてた訳がフォークナーと違ったんですが、そもそも元のヒエログリフの文がちょっとだけ違ったりするので、とりあえず補ったほうがよさそうと分かったとこだけ補って、あとはそのままやってみた。たぶん間違ってるけど。ベンキョウベンキョウ
r (irt) xprw m bik n Ra
ラーの隼の姿(になること)の呪文
ii.wy m Htp sA=i Hr
「ようこそ、我が息子ホルスよ」
i in Wsir
ウシルが言う。
ix mA.kwi m Atfw=i aAw
そうすれば私のアテフ冠は大きく見えるだろう、
rdi.n n=i Ra smn.n n=i 【】
ラーが私のために与え、【】が私のために固定し、
iwa.n=i 【】 Ra-Itm psDt psDt
私が継ぎ、ラー・アトゥムと(大?)九柱、(小?)九柱が【】したものは。
Htp.ti Hr=s
あなたがそれに満足しているように。
ix mA.kwi sA=i Hr
そうすれば私は私の息子ホルスを見るだろう。
Hms.(k)wi m-xnt pr=i
私は私の家の中に座っているように。
Atfw aAw m tp=i
アテフ冠は大きく私の頭にあり、
iart=i m xnt=i
私のイアレト女神は私の額にあり、
Ams m xfa=i
アムス棍棒は私のこぶしの中にあり、
DAt-a m Ammt=i
ナイフは私の手中にあり、
mAat=i Hr-rmn.wy=i
私のマアトは私のとなりにある(ように)。
sxnt kAw nw mryw=i
私に愛されたカーたちは南へ向かうだろう。
iw ir(=i?) Sat wd(=i) sDbw nw xftyw=i
(私は)ナイフを作る、敵の障害を置くために。(?)
…以降ちょっと難しいです。 わら
●第6王朝時代の神官の墓2つ発見
・アハラム・オンライン(ahram online)
http://english.ahram.org.eg/News/126746.aspx
2015年4月南サッカラの埋葬地帯Tabit-El-Geishにて
仏オリエント協会(IFAO)による発掘調査中、
2つの、大変状態のいい墓を発見しました。墓は、第6王朝の王ペピⅡ世の治世の神官のもので、
彼らの骨と、葬祭具などの遺物がほんの少しだけ残されていました。
ひとりの名は「アンクティAnkhti」、もう一人は「サビィSaby」です。エジプト考古大臣のMamdouh Eldamatyは、
どちらの墓も、「死者へ供物がささげられる様子」など、宗教的な儀式の描写が、壁に素晴らしく描かれている、と説明しました。
その色合いは、4200年も前のものとは思えないほどで、まるで昨日描かれたかのように鮮やかである、といいます。
「これらの壁画は、当時の宗教儀式についてを明らかにする史料となるばかりでなく、当時の芸術家たちの技術力(の高さ)をも知らせてくれるのです」この調査隊を率いる仏エジプト学者Vassil Dobrevは、
埋葬シャフトは墓のかなり深い層で発見された、と説明します。
サビィのものは6m、アンクティは12mもの深さでした。
また彼は続けて、
どちらの墓も2つの層の上に立てられていた、と話しました。
上部は地表に日干し煉瓦で作られ、下部は石灰岩を切り開いて作られています。ギザ遺跡の中央管理局長(?)であるKamal Wahidは、 アラバスター製の容器や、供物、両神官の骨なども多少見つかっているが、 墓は両方とも、古代のうちに盗掘を受けている、と指摘します。 どちらの骨も地に散らばっており、棺の中に納められていませんでした。 両墓はほとんど同じで、当時の神官の墓に頻繁に描かれた、古代エジプトの供物の壁画の中でも特に有名なシーンが見られます。 それは、ヘッドレスト(頭受け・高枕)、神官が身につけた首飾りに加え、7つの儀式用のオイル壷(それぞれの名前・量が書かれている)、香を入れる器、銅製の香炉などの描写です。
*
(上記にかぶらないところだけ簡単に)
・壁画やいくつかの遺物から、神官たちは生前、ミイラ作りの秘儀に関わったものと見られている。
・遺物はいくらか無事のものもありましたが、棺は見つかっていない。
・「七つの聖なる香油」は、口開けの儀式の際、死者の口に塗るとされるもの。
http://www.osirisnet.net/docu/centennial/e_centennial.htm
それらのうちいくつかは、第一王朝の木製(または象牙製)のラベルから古王国まで一貫して知られているが、それらが古王国時代に、偽扉の石碑や墓の中で供物の定型文の一部として組み込まれるまで、まとめて使用された形跡はない。
「7つの聖なる香油」が初めて見られるのは上記の墓か、ギザの、ヘテプへレスⅠ世の改葬墓から見つかっているもの。
ただし、このオイルが書かれた小さな石版が古王国の墓でたびたび見られる。
これらを含む、ミイラ化儀式のための一連の儀式用具の例は、歴史を通して見られるもので、「ペセシュ・ケフ」(魚の尾型のナイフに由来すると思われる)の例が示すように、これら死後の儀式に用いられる道具の少なくともいくつかが、ずっと以前からあったミイラ化儀式で用いられてきたものを、ミイラ化儀式の発達に応じて、変化させてきたものと考えられる。
・(この墓からペセシュケフナイフのようなものは発見されていない)
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古王国の墓、壁画の彩色がきれいに残った状態で発見とかすごいですね!
壁画が、まるで中王国時代の棺のようですね!
第二中間期の未知の王の墓発見
http://luxortimesmagazine.blogspot.jp/2014/01/abydos-dynasty-tomb-discovered.html?spref=tw
今まで知られていなかった王の墓が見つかりました。
発見はペンシルベニア大学の調査隊によるもので、アビドスの南ソハグSohagで見つかり、
王の名は「セネブカーイ」。
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この名がカルトゥーシュに囲まれて描かれたものはこれまで一度も発見されていませんでした。
墓は中王国時代の石を再利用して作られています。
木製の棺の内側には王の骨が見つかりましたが、状態が悪く、
古代の盗賊に荒らされたようです。
王は185cmくらいの背丈でした。
カノポス壷も見つかりましたが、葬祭家具等はおそらく古代に盗まれたのでしょう。調査隊の検査官Ayman Damarany:
「発見された墓はセベクヘテプの墓の近くに位置しています。おそらくセネブカーイ王の墓はK.Ryholtの言う『アビドス王朝』に位置づけられるでしょう」調査隊の所長、Josef Wegner博士:
「この王が統治していた時代は謎だらけで、墓が発見されるまでほとんど情報が無かった。
墓のサイズの小ささも、当時の経済状況の悪化を反映しているのだろう」
***
ちょっと適当に訳しました。
壁画が少なくて(白い面が多い)、
絵のバランスがあまりよくないですよね。
丁寧でないというか。
王様の墓とは思えないですよね…。
第二中間期なので
1年も統治できなかったのかもしれませんね…。
Abydos Dynastyって、何でしょうね……?
↑第二中間期の王朝のひとつだそうです
こちらの本を薦めていただきました・・・
Political Situation Egypt
Kim Ryholt
http://www.amazon.com/Political-Situation-Egypt-CNI-Publications/dp/8772894210
↑関連部分が博士のご厚意により一部引用公開されたようです。
(http://www.egyptologyforum.org/bbs/Abydos_Dynasty.pdf)