Textual Layers in Coffin Texts Spells 154-160 月の書(CT154-160)がどういうふうに、古王国の葬祭文書(ピラミッドテキストとか)に「挿入」されたか、そのいきさつ、順番みたいなものを、
呪文の書かれ方を見ていくことで、解き明かせるのではないか、という内容。
読んだんだけど、まとめるのが難しくて時間かかったw
えー
はじめに古王国の葬祭文書という大きな原典があって。(と仮定して)
ピラミッドテキストとかもそこから、一部取り出して書いているのだろう。(というのは、時代が近くてもものによって書いてるものがかぶってたり違ってたりするから)
それは王家が主導して作られたもので、当時の首都メンフィスあたりでのみ使用されていた。
でも、じゃあそれ以外の地域はというと、それとは違う葬祭文書があって。(というのは他地域特にヘルモポリスの墓あたりに見られる文書は独特のものであるため)
古王国の崩壊と同時に、「権威ある」王家主導で編纂された宗教文書が他地域に広がり?
その地域特有の葬祭文書を組み込みながらも、「権威ある」王家の葬祭文書を真似て使うようになった。
それが、コフィンテキストである。
と、考えている様子で
正直ちょっとよくは分からなかったんだけど、
月の書は、全部がヘルモポリス由来というわけではなくて、
すべて月に関する内容だが、核となる部分は古王国に既にあったもので、
ヘルモポリスに伝わったとき、神官が補う形で少し加えたのだろう。みたいな
王家のものは、ラーが主体で、えーと因果論法になっている。
そうでないものが、挿入されたものだろう、と。
なんかそんなかんじのこと書いてた。
そういう分析もできるのかあ、と感じましたが
よくは分かってません、はい…。
*
それより、話の流れで「来世の民主化」に触れていて
そう言われてたけど、今ではそうではないんだ、そういうもの(来世が民主化したという事実)はないんだ、という話なんだけど、
以前、資料を見せていただいたとき、ぼんやりうーんという感じだったんですが
少しだけ、どこに引っかかってたか気づけた気がするので、メモしておく。
「来世の民主化」
古王国に、王族だけのものだった来世思想が、
それが崩壊した後、民衆のものになった。という考えのこと。
・・・でよかったかな。
今頃は否定されているこの考えですが
自分はしっくりきていたので、戸惑ってるんですよね(笑)。
で、今回読んでて気づいたのは
来世思想が「王族だけのためのもの」ではなかった。ということが
理由の一つとしてあげられるっぽいなと。
あまり意識してなかったけど、たしかに、
民衆にも来世思想があっただろうというのは、
古王国でも墓の壁(偽扉など)に月の祭りについてが頻繁に言及されており、
その「月の祭り」が死者に関わる祭りである。という事実を知れば
当然、民衆にも来世思想はあったんだろうなあというのは、分かるわけですよね。
でもじゃあ、
それが、王族のものと同じだったのか?
という疑問があって。ひっかかってます。
来世思想なんかは国が統一される前からあって、だからこそ「墓」を作るわけでしょうけど
そうした、一般的に持っていた来世思想と、王族の思想が、常に一緒だったのだろうか?
という疑問があって
そのへん、どう説明されてるのかを知らなくて(たぶん何か説明されてるとは思うけど…書いてあったとしたら理解できてないです><ざんねんー)。
ピラミッドテキストなんか
かなり王族というか、王ひとりの特権をむちゃくちゃ強調してると思うんですが
それを同じように民衆が葬祭時に用いていた、ということなんでしょうか?
すごくしっくりこない><
古王国でも既に
ピラミッドテキストの内容と同じようなものが
貴族の墓に、断片で見られる。ということから(って書いてたと思うんだけど違ったらごめんなさい!)
ピラミッドテキストも、ひとつの葬祭呪文集みたいなのから、欲しい所だけ取ってきて書いただけで、
同じものを、民衆も用いていたのだ。と
説明があった気がするけど
あのピラミッドテキストの内容を民衆が――貴族でもだけど、そのまま唱えるのっておかしくないですか。
原典、元の大きな「葬祭文書」みたいなものがある、というのは、すごくのみ込めるんですよ。
ピラミッドテキスト単体で見ても、おそらくもとにあるものの一部を持ってきて書いてるんだろうなみたいな。後代の宗教文書もだいたいそういう感じみたいだし。(というのは、ものによって被る部分と被らない部分があるので、ですよね)
でも
民衆と王族が同じものを持っていたとは思えないというか、
新王国でさえ、王(=太陽神)の蘇りについてはアムドゥアトとかいろんな、それまでなかった宗教文書を使って墓を飾ってるじゃないですか。
そうやって、民衆と明確に区別しようと頑張ってる感じがあるし、王という立場ならそうした権威を示そうとするのは当然だし、古王国ならなおさらそういう意識があったんではないかと。
だから
葬祭文書の大まかな部分は、当時の宗教観として共有していたとしても
王族固有のものがあり、
古王国崩壊後に、その権威あるものを民衆が求め、共有するようになった…
という説明のほうがしっくりくるんだけど…。
この根拠が
貴族の墓にも同じものが書かれていること、なら
その、王族の特権的な宗教文書、力ある呪文を、
(王の葬祭に関わったりすることで)知っている、と誇示することで、自分の地位の高さを示し、また死後の保証につなげようという意図があったのではないか。
そういうのって新王国にもあるよね…
王族の墓を作る職人が、同じ技術で彼らの墓を作るとか。それが許されてるとか(そう、許されてやっていて、誰でも同じものを持っていない、からこそ、墓に書くなど誇示するのでは?)
アムドゥアトとかも結局、遅れて民衆が使いだすかんじあるけど
そういうのと同じかと思ってたんだけど
どうなんだろ・・・??
中王国は、「死ねば誰でもオシリスに」という思想になったけど
古王国にはそもそもオシリスが出てきたのだいぶ後だし・・・
あーー
そもそも、オシリス自体が、民間から出てるのではいという説があったな…
でも証拠がなかったはず(今のとこ最古は王女の墓じゃなかったっけ。名前だけ・・・)
(それに、結構偽扉にオシリスの名前が見られるようになった第5でも、他の神、とくにアヌビスと同じような扱いをしていて、特に力のある神と強調されてはいなかった)
脱線したけど
中王国で「死=オシリスつまり神になる」の思想が広まっているけど
古王国に、王族以外が「神になる」とかあるかな?っていうか・・・。
それが可能なんだという思想が広がって、中王国はオシリス信仰がドッカンドッカンいってたわけですが(巡礼したりね)
古王国にはそもそもオシリスが、出たのも第5あたりでやっとじゃない。
そのときも既に、死んだらみんなオシリスになれる(またはラー神≒太陽と同化して再生できる)と思ってたのかな…。
(中王国のCTはそういう内容になってるよね。出だしとか組み方がちがうっぽいけど。タイトルあったりしてさ)
そうはおもえない。ので、そういう思想は王族が特権的に持っていて、
それが、王朝崩壊後民間に流出し、誰もが神(オシリス)になれる、ってなったのが中王国で
王家の持っていた来世観が民衆に降ろされた、という意味で「来世の民主化」だと、思ってた…んだ、けど・・・
わからん・・・
でもこれ、もしかして、私の持ってる前提(「来世の民主化」とは何か)が、間違ってるのかも…
多くの学者が納得していることなので
何か取りこぼしてて理解できないんだろうと思う…
それがなにかがわからーーーん
※
今回読んだやつのなかで
トト神が「分数」を操ることで、月を満ち欠けさせた、とかそんなかんじの説明があって
(ヒエログリフはチェックできるけど、単語の解釈が特殊過ぎて自分で確認とか無理感)
あーおもしろいなあとおもったので、ここにメモ。
あれだよね。ウジャトの目のパーツをそれぞれ分数で分けるあれ。
トト神の「月」、時間とか数に関わりそうとは思っていたけど
分数かあ…なるほど。
具体的にどういう感じなのかは、これだけではよくわからないんだけど…
これに書いてあるかもってのを見つけたので
時間があったら読んでみます。かいてるといいなー
→むっちゃ書いてた! ていうか
ホルスの目が分数にされるの
分数の計算に使われるために考えられたのかなとか漠然と思ってたけど
月の満ち欠けにも関係する描写があるなんて。
わくわくです。しらなかったなあ。