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古代エジプトのこと

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「ペセシュケフ」ナイフについて

「ペセシュケフ」ナイフについて

“The PsS-kf and the Opening of the Mouth Ceremony: A Ritual of Birth and Rebirth,” Journal of Egyptian Archaeology 78 (1992), 113-47 by Ann Macy Roth
http://hebrewjudaic.as.nyu.edu/docs/IO/2596/RothPSS-KFOpeningMouth.pdf

2001年に名古屋ボストン美術館にて『ピラミッドの時代』の展覧会をしたときに
 クフ王の名の刻まれた「ペセシュケフ」ナイフが展示されたそうです。
 クフ王のペセシュケフ(ナイフ)2001年名古屋ボストン美術館『ピラミッドの時代』展 図録p51
 
 先が二つにわれた独特の形をしたそれは
 「魚の尾形」ナイフとも呼ばれ
 先王国時代から、間少しあいて、古王国時代の遺物に見られます。
 素材は基本的に火打石(フリント)だそうです。
 ペセシュケフ、とは
 psS(分ける)-kf(フリント、火打石の)という意味のようです。
 
 自分はこれが、古い時代の「口開けの儀式」に用いられたものだ、と思っていましたが、
 展覧会の図録には「へその緒を切るものだったのでは」と記されていたようで、
 その論文を紹介していただいたのが、上記のものです。
 PDFで見れますが、あいだが抜けているようで、
 残念ながら、へその尾を切る道具ということについての説明をあまり詳しく見れませんでしたが、
 それ以外もとても興味深い論文でしたので、
 要点だけごくごく簡潔に(簡潔すぎますが)まとめてみます。
 興味をもたれましたら、論文のほうをご覧ください。

●ペセシュケフナイフについて
・ピラミッドテキスト【PT37§30】では、
 
Die Altaegyptischen Pyramidentexte Pyramidentexte nach den Papierabdrucken und Photographien des Berliner Museums
Leipzig : J. C. Hinrichs'sche Buchhandlung

http://www.lib.uchicago.edu/cgi-bin/eos/eos_title.pl?callnum=PJ1553.A1_1908_cop3

 「顎を開く、psS-kf」
 とあり、ここにペセシュケフがあの独特な形と共に表現される。

 この呪文に続いて、死者がさまざまな「ホルスの目」(供物)を受け取る、食べる、ことが長々と表現される。
 つまり、王が死後「生きる」ために食事をする(ホルスの目、として取り入れる)、それらの呪文の前に、この、「ペセシュケフ」によって「顎を分ける」必要があった。
 これが口開けの儀式の起源であり、
 それがのち(新王国時代)に、彫像にされていた儀式(?)と混同され、手斧で成されるようになったのでは。

・このペセシュケフの独特な形は、
 女神メスケネトの頭部を飾るものとよく似ている。
東洋書林『古代エジプト神々大百科』p153
 (メスケネトは出産をつかさどる女神。
  出産時に置かれる「レンガ」の女神であるとされ、死者の書などでは、レンガを表す長方形に頭がついた図で表現されることも。
 ウエストカー・パピルスの物語では、ラー神の血を引くとされた子供たちの誕生を、この女神が助けている)


 
●メスケネト女神について
・ピラミッドテキストで既にこの女神の名と共に、あの独特の頭部の飾りも描かれている。(ウナス王のものにはない。第6王朝以降)

  ただし、時代が後になると、頭部の飾りが羽に変化している様子。何故かは不明。

 はじめに表されたもの(ペピ王のもの)では頭部と飾りだけだが、残りの二つは「聖なる竿」に止まる鳥が描かれていることから、神または神聖なものであると考えられる。
 この部分【PT516§1185】の訳は、
「夜にあなたの子が、昼にあなたのメスケネトが作られる(おそらくクヌム神によって)」と訳せるもので、
 メスケネト(神の決定詞つき)が「子供」と同時に作られた「もの」であるように書かれている。

 この図(ヒエログリフ)の上段の枠内の右側にあるとおり、「Kd=作る、建てる」の後ろの決定詞で土器を作ってる人と手があるので、土器のように泥で人を作る、つまりクヌム神の行為をほのめかしているのではないか。
 すると、子供の肉体と共に、メスケネトも、クヌム神によって作り出されていると考えられていたことになる。
 そうなると、メスケネトが胎盤(後産で出てくるもの)を示しているとは考えられないか。
 古代の人は、血だとかそういうものを畏れ、神聖視することがあるので、これも同じように、この誕生時に排出される胎盤を神聖視し、「メスケネト」と名づけたのではないか、と。

・クヌム神はナイルの泥で土器のように人を形作る神。
 ナイルの泥で人間を作るクヌムと、同じ泥で作られた日干し煉瓦を神聖視しようとして、出産時にレンガを置いた。それが、のちにメスケネトと結び付けられたのかもしれない。


●このpsS-kfの独特な形は、雌牛の子宮であると考えられる。
 メスケネト女神が象徴する胎盤と、繋がっている、へその緒を切る。それが、ペセシュケフ(ナイフ)の主な役割であったと考えられる。

・牛の子宮であって人間の子宮でないのは、雌牛が女神と結び付けられていた為に、その子宮が女性性全般を象徴することになったのでは

 
・再生の儀式の際、実際の子の誕生場面が再現されていたという。このナイフは、そうした儀式で「象徴的に」へその緒を切るときに使用され、そうして「母から切り離す」ことで、無事誕生したとみなしたようだ。
 うまれたばかりの子供が「へその緒を切り分けられる」事によって「母親と切り分けられた」ために、次には、ひとりで飲食しなければならない。
 ペセシュケフは、それを可能とするために「顎を分ける」意味をも持つようになったのでは。


●その他
 後に4人の女神に分けられたというメスケネト。
Meskhenet-weret (Tefnut), 「大いなるメスケネト」
Meskhenet-aat (Nut), 「偉大なるメスケネト」
Meskhenet-neferet(Isis) 「善きメスケネト」
Meskhenet-menkhet (Nephthys)「快いメスケネト」


・「混沌という不在のかたまりから存在を切り出し生誕する」
 それが古代エジプトの「再生」の概念であり、
 へその緒=アポピス、それを切るナイフ→psS-kf=セトが持ってるアポピスを駆逐する銛=セトの尾が二股になっているワケ
とも考えられる。


***

 Ann Macy Roth女史は
 他にも興味深い論文を書かれているので(最下URL参照)また読んでみたいです。
 この論文に関連しては
“Fingers, Stars, and the Opening of the Mouth: The Nature and Function of the Ntrwj Blades,” Journal of  Egyptian Archaeology 79 (1993), 57-79
http://hebrewjudaic.as.nyu.edu/docs/IO/2596/RothFingersStars.pdf
 こちらを読むといいのかなと思いましたが、
 個人的には特に
“Father Earth, Mother Sky: Ancient Egyptian Beliefs about Conception and Fertility,” in:  Reading the Body:  Representations and Remains in the Archaeological Record, Alison Rautmann, ed. (Philadelphia, 2000), 187-201
http://hebrewjudaic.as.nyu.edu/docs/IO/2596/RothFatherEarthMotherSky.pdf
 こちらが気になってます。
 『父なる大地、母なる天』とでも訳せるでしょうか、
 今は主流のように思える『母なる大地、父なる天』とはまるで逆の古代エジプトの世界観が説明されているようです。

また、気が向いたら…。


◆Ann Macy Roth
http://hebrewjudaic.as.nyu.edu/object/annroth.html

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 古代エジプトについて趣味でいろいろ。
 ド素人が楽しくやってるだけのブログ。間違いもいっぱいあります。気付いたら直します。ご指摘感謝です。
 エジプト語読んでみる、とか書いてますが、ほとんどは訳を参考に、元の表現を確認しているだけ。文法がふわふわ。
 気が向いたときやるかも、みたいな。

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