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『「太陽の哲学」を求めて』-エジプト文明から人類の未来を考える-
 梅原猛・吉村作治 PHP研究所

 ・・・・・・図書館で借りてきました。

 まだはじめのほうですが、えーっと、
 梅原氏(哲学者だそうです)が、
 日本の古代文明?とか、自然崇拝のようなものが、エジプトとよく似てる、ということを、はじめにとにかく強調してきました。
 これが、吉村氏の言葉に影響されたためか(梅原氏は吉村せんせいの著書を読んだそうなので)、ご自身の考えと、吉村先生の考えが近かったのか、分かりませんが……、
 吉村先生の考えの基本がここにあると、再確認した部分です。

 エジプト学は、西洋のほうで盛んで、
 そのため、そちらの方からしか見てこられず、どうしても偏った解釈がなされているものが多い、と。そういうのは、分かります。ある意味しかたがないかなと思うところです。

 さて「はじめに」に、梅原氏は、こう書いています。

西洋文明の起源をギリシアの哲学とイスラエルのキリスト教に求める従来の歴史観がいかに誤っているか――中略――しかしギリシア文明やイスラエル文明の前に二千年も続いたすばらしいエジプト文明があった。

 そのあと第一章でもこれを繰り返し、

 人類文明をギリシアやイスラエルからではなく、エジプトから考えねばならない。

と、こうくるわけです。

 陥りやすい思想だな、と思いました。
 確かに自分も、日本で西洋の文化がかなり浸透していて(私自身についても言えることですが)基本、西洋的な考えで物事を見てしまってるなあと思うことがあります。
 特に、聖書などについて、それを神聖視したり、神秘的なものととらえるものの多くは、それが「最古の」神の経典である、と。
 それより前の文明をほとんど無視して、そう考えられたりすることを、不思議に思ったりします。
 でも、だからといって、エジプト文明は、人類の文明の起源とはいえないはず。
 シュメール人たちの文明は無視ですか……。
 エジプト文明は古いけど、他にも古いのはあって、どれもひとつでは成り立たない。相互に影響しあっていたと思います。
 そういう、「最も古い、たった一つのもの」を求めることが、だいいち西洋的(一神教的)な気がします。
 
 同じ第一章に、吉村先生が言った言葉のうち、すごく納得できるなあと思ったのが、

 (古代エジプト人は)二律背反したものをきっちり両手に抱え、相矛盾しながら、「ものごとは矛盾していいのだ」という前提からはじまっている

 この一文です。
 矛盾を受け入れる。バカボンのパパじゃないですけど、これって、エジプト文明の特徴なんじゃないかと思ってます。
 というか、昔はどこでも持っていた思想なのかもしれません。
 一神教の成立が、すべてにたった一つの答えを求め、結果、科学が生まれた。そういう意味で、現代文明の元は間違いなく、一神教であり、ギリシアやイスラエルの果たした役割は大きいと思います。
 でも、その弊害もまた大きい。

 ただ、弊害だけを見て現在を否定すると、「すべての原点に戻れ!」となって、
 実際、そういう新興宗教もあります。
 でも、戻れるわけがないわけで。
 そんなわけで、すっごく個人的ですが「昔に戻ろう」という考えが、自分はあまり好きではないです。
 現実的でないというか。
 もっと、「昔を参考に」でいいから、戻らず前に進む考えがないかと思ってるわけです。
 昔の自然崇拝もいいけど、私は科学も好きだよ!? 文明の利器とか大好物だ!

 あ、自分のことは置いとこう。

 さて、このブログのリンクに、
「アラびいき」という、素敵ブログさんを迎えさせていただきました。
 タイトルどおり、アラブの生活を愛する方の、経験を交えた文化比較ギャグ漫画です。
 自分が、現代のエジプト、とにかくアラブ圏の文化についてまったくしらないので、楽しく学びたいと思って。

 その記事(漫画)のひとつに、
 アラブでは、美人の美しさを「太陽」にはたとえない、そんなことしたら最低だと思われる(月にたとえると喜ばれる)……というのがあって、
 たしかに、あちらでは太陽は悪いやつで(熱くて苦しいから)、月の方が称えられて、だから国旗に月があるのだとか、前に聞きましたが、
 こういうことを考えると、なんだか、不思議です。
 古代エジプト人は、確かに、太陽をあがめていました。
 それが庶民のものでなく国家の宗教だといわれても、間違いなく、太陽は偉かったんです。
 でも、今は違う。
 まったくとは言わなくても、同じ民族、その血を引いている子孫も多いはずなのに。
 で、こういうものを見ると、人は宗教や文化によって、変わってしまえるのじゃないかと思うのです。
 「日本人は保守的な民族なのだ」とか、“○○人はこういう性質”みたいな決め付けが、自分には、よく分からない(まあ、自分もしてしまいがちなのですが)。
 風土がそれを作るとしたら、それはやっぱり、生活環境とか、習慣とかなんじゃないかと。
 だとしたら、昔、農耕していたころの人々の性質と、今、会社に行って、書面やパソコン相手に仕事する人々の性質と、同じなんてことがあるんだろうか。伝統として続いていることがあったとしても、性質といえるほど不変なものだろうか。
 日本の今と昔。エジプトの今と昔も。
 同じものって、なんだろう?みたいな。まあ、日本のことは半分くらいどうでもいいのですが、答えを出しても、日本に置き換えて当てはまらなかったら、それは違うということになると思うので。

 そういう疑問について、すこしでも、「ああ、そういうことかも」と思える何かがあるのじゃないかなと思って、
 続きもしっかり読もうと思います。

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あやめゆうき
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自己紹介:
心はイウヌ在住。ラー神信者。

 古代エジプトについて趣味で勉強中。
 正式にはまったく学んだことのない、完全な素人です(笑)。
 リンク先のブログ等をチェックし、好みで記事を選んでます……。
 突込みなどは、喜んでお受けします。勉強になります。

※相互リンクはエジプト関連のみ受け付けます。
 連絡はコメント欄でお願いします!
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