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●第26王朝の軍事都市を発見
http://drhawass.com/blog/press-release-fortified-garrison-town-discovered-northeastern-delta
西カンタラの都市の約15キロ北東、エル・マンザラ湖とスエズ運河の間にあるテル・ダフネ地域で、第26王朝(BC664-625)に遡る軍事都市を発見したそうです。
(記事は2009.7.1のもの)
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デルタの北東はエジプトでも特別な位置を占めました。
東方との貿易で主要な中心地となり、古代の軍事および通商路であった「ホルスの道」(エジプトと東方を結ぶ道)のあった場所でした。
その地域は、後の王たち(BC747-525)、特に第26王朝の王たちによって、侵入者から東部境界を守るために使用されました。
ザヒ・ハワスSCA長官は、
19王朝(BC1279-1212)の王、ラムセス二世が、
エジプトの敵を撃退するため、要塞を作るか都を補強する目的で、
テル・ダフネのこの地を選んだのだと述べました。
新たに発見された要塞は、王プサメティコス一世(BC664-610)がここに更なる補強を施したことが示されています。
モハメドAbdel Maksoud博士(下エジプト中央部の遺物の管理者で、このチームの監督)は、
新しく発見された要塞はこの地域に380×625mにわたって広がっており、周壁の幅は13mにも及んだと言います。これはデルタの東方で見つかった要塞としては最大の規模であると考えられます。
チームは3つのホールを備えた巨大な泥レンガ造りの神殿も発見しています。また、神殿の西方と東方に8つの部屋を備えた連なった?(magazines)倉庫を見つけています。
さらに、チームは砂の約3メートル下に、古代の構造の内部の雨水のための陶器で作られたトンネルで構成された排水溝路(路の終わりに陶器の器が垂直に埋められている)をも発見しました。
モハメドAbdel Maksoud博士は、
さらに大量の陶器の器と、現地のものと輸入ものの蓋を発見したと述べました。
これらは、当時エジプトと近東そしてギリシアで大規模な貿易活動があったことを表しています。
デモティックを刻んだ白のプレート、赤や黒のアンフォーラで飾られたもの、穀物を挽くために使われた石のグループ、ウジャトの形をした護符やアラバスター製のコホル(アイライン用の化粧道具)つぼの一部なども発見されています。多くの銅製の矢じりもまた見つかっており、この地域の軍事的性質を明らかにしています。
チームは6人の考古学者、建築製図士(?)、建築監督者および地形学者からなります。この地域での作業は2010年にも続けられるでしょう。
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神殿の綺麗な壁画が見つかったところですよね。
こうしてみると、前の訳とかおかしいかも……。あ、このへん神殿がいくつかあるんでしょうか? そのうちの一つなのかな。
あああ、図が見たい。
関連記事:「シナイ半島で新王国時代の神殿発見」
http://siryoumemo.blog.shinobi.jp/Entry/62/