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●第一中間期~中王国初期の墓発見

2012年5月28日

【調査報告のPDF・画像あり】
http://www.dayralbarsha.com/sites/drupal.arts.kuleuven.be.barsha/files/Dayr%20al-Barsha%20Press%20Report.pdf

 ・発掘隊:Harco Willems率いるベルギーのルーヴェン大学の発掘隊
 ・場所 :デル・エル・バルシャDayr al-Barsh?
(中エジプト、野ウサギの女神ウェネトの州、ヘルモポリスのあたりで、第一中間期の州候などの墓がある)
 ・時代 :中王国はじめごろ(BC約2040年)のもの。
 ・状態 :未盗掘ではなく、少なくとも二度は盗掘されている
       そのため広大なダメージを受けたが、
       それにもかかわらず、かなり多くの物が元あった位置に残っていた。
       そのため、かなり興味深い葬儀にかかわる情報を読み取ることが出来る。

 ・墓主 :ジェフティナクト。おそらく州知事

 

  発見は、よく知られている、中王国初頭の野ウサギ州(ウェネト州)統治者である知事「アハナクト」の墓(1891-92年に発見されていたもの)でなされた。
 そこは1915年に、ジョージ・アンドリュー・ライズナーによって徹底的に調査され、州知事の墓(発見された美しい遺物は世界的に有名))がほぼ完全な状態で発見されている。

 しかし、ライズナーはアハナクトの墓の南西のシャフトを調査し終えていなかった。彼はそこが、彼自身がその場所に来たほんのわずか前に盗掘されたと察し、調査を止めた。
 これ希少なチャンスに思われた。ライズナーはこの周辺の墓を徹底的に空にしてしまっていたからだ。
 ルーヴェン大学調査隊は過去10年間、その既に空にされた墓を調査し文書化するばかりだったし、他のどこにも、このような墓が発見されるような機会はありそうになかった。

 ライズナーが、この墓を「盗掘された」と考えたのは正しかった。
 シャフトを6メートル下ったところで、かき乱された物が見つかり(墓の壁を飾っていたいくつかの重要なレリーフ片を含む)、そこにはタバコの吸殻や20世紀初頭の日付のある新聞の破片が残っていた。
 墓の備品と見られる大量の遺物もあったが、この墓のものかどうかも定かではないし、それらのほとんどが、ダメージを受けていた。
 さらに、埋葬質は天井まで小石が詰まっていていた。推測だが、盗掘者が故意に小石を投げ入れたかもしれない。その過程で、木製の備品は壊れてしまった。
 しかし多くの葬儀用の供物は盗掘者に気付かれなかった。

 墓は二度盗掘されたらしい。
 一度目は古代に既になされれていた。当時、盗掘者は高価なものにしか目をくれなかったらしい。棺には金箔の破片が大量に見られ、おそらく他のものにも、金箔は用いられていただろう。
 この最初の盗掘のあと、墓はどうやら開いたままの状態だったらしい。何年もの雨水が墓に流れ込み、石灰の屑と交じり合った。一度乾燥すると、この混合物は硬い石灰の厚い層だけを残していた。それらは19世紀後期に入り込んだ盗掘者にとっては床に見えただろう。
 これらの盗掘者のせいで、棺や他の木製の道具は腐ったり湿気によって繁殖した菌の影響を受けていた。
 
 ところが発掘者が埋葬室を空にしてみると、いくつもの葬儀用備品――アラバスター、ファイアンス、銅や陶器製の――が、石灰の厚い層に埋められるようにして、元あった位置に見つけられた
 発見されたものの中には、アラバスター製の模型の器、供物台、ヘッドレスト(枕)、ファイアンス製の神酒壷、そしてさまざまな銅製の壷、皿、そして模型のテーブルがあった。
 そしてまた、今までは古代の描写の中でしか知られていなかったユニークな儀式用の道具が発見された。

 これらの道具の配置が、葬儀の流れを細部まで再現することを可能にさせる。
 ここから想像される流れは、まずはじめに棺が埋葬室に置かれ、それから清めの儀式が執り行われ、その後供物の儀式が執り行われたのだろうということだ。
 後者の儀式は描写やテキストでもよく知られているが、こういった儀式が地下の埋葬室で成されたことを示すと考えられる例は、初めてである。

 棺の遺物は状態が非常に悪く、調査は来年、修復保全し終えてからとなるだろう。
 ただし、二つの重要な結論を既に出すことができる。
 第一に、棺には銘が刻まれており、テキストによるとこの墓は「ジェフティナクト」という男のものであるということ。
 これは重要なことである。なぜなら、アハナクトの墓の記述には、彼の父としてジェフティナクトという人物への言及があるからだ。これはおそらく、アハナクトが父親を自分の墓に埋葬したことを示唆しいている。
 ジェフティナクトは第一中間期最後の、野ウサギ(ウェネト)州の知事として知られている。よって、その人物はここに埋葬されていると結論できる。

 第二に、彼の棺にはコフィンテキストが刻まれているということ。
 このテキスト集は中王国時代の最も重要な宗教文書であり、それは古王国時代の王のためのピラミッドテキストと、新王国時代の有名な死者の書の、二つ結びつける形式をもつ。
 中王国時代のコフィンテキストの伝統はここデル・エル・バルシャから始められたことは既に知られており、その最初の例がアハナクトだったが、今回の棺上に銘が発見されたことによって覆ったと言える。
 この、ジェフティナクトの保存状態の悪い棺には、コフィンテキストの歴史にとって重要なチャプターが加わっている。中王国時代の最も初期のものの代表であると考えられる。


******

 場所の名前とかよく知らなくて(笑)、この辺が「コフィンテキスト」の始まりとも知らなかったですが
 コフィンテキストの「最古」かも、っていうのはおもしろいですよね!
 あ、「典型」という意味で「最古」なのかもしれませんが……
 「重要なチャプター」ってなんですかね、すごく気になります。オシリスの審判?
 いろいろ興味深いです!

 こういう、面白そうな発見があっても、
 そのあといろいろ調査されるのに時間が(当然)かかって、追跡できないのが自分の残念なところです……(涙)
 せめて銅製の、左下の、柄らしいものがL字型に曲がってるものの正体くらい知りたいところですが…。
 なんか変わってますよね!?
 ……携帯用の扇?? なんちゃって。わかりません!

 野ウサギ州、さすが、トト神の出身地ですよね。ジェフティナクト!

 はじめの情報では、もうちょっと状態がいいものかと思ってましたが(それにしては画像が出ていなかった、その時点で怪しむべきだったな)
 棺が映されないのは残念です。今どんな常態かちょっと見たかったかな……。
 人型ではないだろうと思うです、長方形かな…。←想像するしかない悲しさ
  
 あ、そうそう、ややこしいところがありますね。
 【「アハナクト」の墓を調べていて、「ジェフティナクト」の墓が見つかる。】
 なんというか、アハナクトのために作られた大きな墓の、これはおそらく床に竪穴を作って、(父)ジェフティナクトのための埋葬室を付属で作ったってことですよね。
 自分の墓に、家族や兄弟を一緒に埋葬することがあるようです。
 全部「墓」って言うからややこしいんですよね。しかもなんと表現しても、馴染みがないので想像しにくそうです(笑)。
 
 

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心はイウヌ在住。ラー神信者。

 古代エジプトについて趣味で勉強中。
 正式にはまったく学んだことのない、完全な素人です(笑)。
 リンク先のブログ等をチェックし、好みで記事を選んでます……。
 突込みなどは、喜んでお受けします。勉強になります。

※相互リンクはエジプト関連のみ受け付けます。
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