古代エジプト関連限定ブログです! 宗教思想関連多め
Egyptorogy Newsのアンディさんが戻ってきました!
いっぱい興味深い記事が載っていますが、気になるところだけ取り上げていきます。
●KV63の要約
http://www.kv-63.com/
2009年3/24に終了した今シーズンの研究結果を要約した内容がupされました。
調査期間は思ったより短く、やろうとしたことすべてはできなかったが、とても有益なものだったといいます。
貯蔵つぼについての研究はこのシーズンの前半に完了し、そのつぼや棺から発見されたソーダ石は400キログラム超もあったそうです。
今期一番の目玉はあの、ミイラ用のベッド。
すでにルクソールのthe Mummification Museum で展示されているそうです。行かれる方はぜひ見てみてくださいね!
また、非常に興味深いテキストが、棺のひとつから見つかっているといいます。
****
最新の更新で言及されているように、棺Aの破片はとても興味深いものとわかりました。
シロアリの害のせいで非常に断片的で脆弱すが、
いくつかの鍵となる文が樹脂コーティングから回復されました。
その肩書きは「王の乳母( mn’t nsw )メナアト・ネスウ」、名前は「イニィ」。
そのあとに続く、翻訳可能なもっとも長い文は、上の交差した帯に書かれており、
左側:「崇められた、天でラー神を見るとき、池の水を飲むとき……」
欠如がいちじるしく、この故人は「オシリス」であると確認できず、また通常されるような神性も引用されていません。
ひとつの例として、
上にあるように、ふつう「崇められた」とくれば必要不可欠なもの、「“アヌビス神に”崇められた」のような、そういう伝統的な神性が欠けています。
それは、この棺がおそらくアクエンアテンの(伝統的な神性が放棄された)治世に作られたことを強く示唆します。
王の乳母イニィのもっていたかなり高い身分は、棺の装飾の詳細のいくつかに反映されています。
いくつかのサインは象眼(金銀や宝石などで細工)されました。しかしほとんどは取れてしまっています。
いくつかのガラスは顔のマスクに使われ、いくつかの縦の行線(まだ少しsitu?にある)は1ミリと細い、青いガラス棒の象眼です。
最後に、いくつか残っている金箔は、この棺のかつての裕福な状態をより証明します。
我々は彼女の地位や仕事について、特定の性質に基づいて推測することができます。
王の乳母として、アマルナ一家やその多くの側近グループにその有力候補がいます。
彼女の墓が、けっきょく廃棄物倉庫のように使われるようになったのはなぜか、というのは、魅惑的なストーリーとなりそうです。
以前に報告された、この墓の一般的な日付はいまだ有効です。
KV63が切り開かれたのは、もっともアメンヘテプ三世の時代らしい、と考えられるのです。
埋葬の証拠はありません。ですがミイラにする材料は第18王朝の終わりごろのいくつかの進入の間に導入されたものです。それはツタンカーテンの時代のうちか、それにごく近い時期に起こったでしょう。
棺はそれぞれ装飾、テキストなど、型に基づいて自由にされていて?
棺Eはアメンヘテプ三世の時代の棺にとても似通っていますが、棺Aはアクエンアテンの時代を示唆するサインが見られます。
残りの棺からより詳しいことが分かってくるでしょう。
****
写真など
http://www.kv-63.com/photos2009.html
棺Eの銘文が見れます。真っ黒……。
写真をクリックすると、スライドショーが見れます。
******
●KV63についてを含む過去記事
・ミイラ用ベッドと棺Bの銘文
http://siryoumemo.blog.shinobi.jp/Entry/36/