古代エジプト関連限定ブログです! 宗教思想関連多め
やってみましたよ!
一問しか解けてないんですが……。
●参考にしたページ
http://www-groups.dcs.st-andrews.ac.uk/~history/HistTopics/Egyptian_papyri.html
***
以下、分数の表記を
『TETRA'S MATH エジプトの分数』
http://math.artet.net/?eid=191081
こちらのサイトにならって、
(古代エジプトの分数はほとんどすべての分子が1=単位分数なので)
1/2, 1/3, 1/4,.....の表記を
/2, /3 /4,.....とさせていただきます。
一つきりの例外2/3については、 //3とします。
***
まず、
古代エジプトでは単位分数しか用いなかったために、
分子が1以上となる場合に、どう表現すればいいかの「表」があったようです。
(頻繁に使ったものは、覚えていたとも考えられます)
以下の「表」がリンド・パピルス内に表されており、実際に使われていたそうです(参考ページより)。
この「表1」は、左の分数を倍にしたとき、単位分数の和でどう表記すればよいかを、右に書いています。
掛け算をするとき(たぶん割り算のときも)、
この表を用いて変換することがあるようです。
そこで、参考ページにある問題を解いてみました。
やり方は、基本的に、前回の記事でお話した掛け算の方法と同じです。
(この計算に関係ないので書き忘れていましたが、
//3=/2+/6 です。頻繁に出てくるので、暗記しているようです)
(クリックすると別窓で表示されます)
と、こんな感じになったのですが……。
正直言って、答えが先に出されているので、
これに向って、どのようにすればこうなるのか、という考えで解いていきました。
特に最後のまとめ方なんかは、
答えを見ないとなかなか……。
他のもやってみたいのですが、
問題と答えをセットで見つけるのが難しくて……(汗)すみません!
一応、これだけやってみて思ったのは……、
表にあるような「公式」を利用している、ということと、
/2と/2とか、/3と/3と/3、または(もっと頻繁に)/3と//3、という組み合わせを探して、どうにか整数を作ろうとしているなあ……と。
あ、今気づいたのですが、
乗数「/3」のとき、
このパピルスでは//3で出したものを参考に、それを/2にして求めてますが、
ふつうに /3×(1+/3+/5) にしたほうが計算は楽ですよね……。
答えが 46+/5+/9+/10+/15+/30 となります(形は違いますが出る数字は同じです)。パン分けるのももう少し楽だったかも……。
どうしてこうやったのかな……??
『古代エジプトを知る事典』に載っていたのですが、
実際やってみると面白くて(暇なのか!)!
現代の、私たちは、掛け算を『九九を暗記して』やってますが、
古代エジプトの人たちのやり方は違ってました。
数学的に考えれば、何故これでちゃんと答えが出るのか、分かるのかもですが、
私はそこまで検討していません……。(たぶん考えても分からない)
とりあえず、やり方はこうらしいです。
たとえば。21×18とかやってみましょう。
かけられる数「21」を、こんな表に当てはめます。
乗数 被乗数
1 21
この表は、たてに続きます。
下の段には、上の段にある数字を倍にしたものを書きます。
二段目の乗数は1+1で2、被乗数21+21で42。
三段目の乗数は2+2で4、被乗数42+42で84
三段目の乗数は4+4で8、被乗数84+84で168
・・・
で、これを、【乗数が「かける数(ここでは18)」の半分以上になるまで】続けます。
一覧にするとこんな感じ。
乗数 被乗数
1 21
2 42
4 84
8 168
16 336
「乗数」を足して「かける数(ここでは18)」になるものを選択。
2 42
16 336
このふたつですよね。
で、選んだものの「被乗数」を足したものが、答え!
378
ということみたいです。
九九知らなくても掛け算できちゃいますね!!
足していくだけの計算って、なんだか楽しいです……。
「被乗数」になる数が、大きいほうが楽ですよね。
どうせ、左右入れ替わっても答えは同じだから、
14×24とかあったら、被乗数に「24」のほうを持ってきたほうがいいですよね!
どうだろう……
九九使ってやる今のやつより、間違いが少なくなったり……しないかな。
どっちのほうが時間がかかるでしょうね?
いっぱい足すのは、面倒といえば面倒そうですが……。
本のほうには、「倍数を覚えておく必要が」とあったのですが、
こうやって、単純に足したんじゃないかなとか……。
いや、覚えてた人もいると思います、やっぱり。
インド式とかもありましたが(やってみたのに忘れちゃった)
これも面白いなあと思いました!
息抜きにぜひ試してみてくださいね!
●ルクソール西岸の神殿の保護!
http://luxor-news.blogspot.com/2009/06/saving-west-bank-temples-in-luxor.html
最後の一節を除いて訳します。
*****
記念物周辺の、地下水位の上昇とそれに伴う破壊問題についての、よいニュースがあります。
この問題は、アスワン・ハイ・ダムの建造によって農民が水を年中使えるようになったということに関係します。神殿はナイルの増水が、一年のうち実質3ヶ月間であり、残り9ヶ月は乾燥しているであろうことを考慮して建てられました。農民は一年に一つの作物を育て、満ちた水が引いていけば種をまき、そうしてその年の作物は生長し収穫されたでしょう。
こんにち、水は一年中使えます。農民は彼らの土地を灌漑し、年に2、3種類の作物を得ることも可能です。
これによって水位が上昇し、神殿はこうして一年中水の上になってしまうのです。これは石を腐食し、砂岩をふたたび砂に戻します。最近行われた、メディネト・ハブおよびセティ一世の葬祭殿での復旧作業はすでに影響されており、非常に危機的な状態にあります。
・脱水
カルナクおよびルクソール神殿では、それらの周りに巨大なパイプが張り巡らされ、内側の水を排出しナイル川に送り込むようにしました。
これは内部の水位を減少させるのに非常に功を成し、神殿は不安定でなくなりました(割れ目と傾斜が監視されました)。
次は西岸地区です。
私はこの企画を、パイプがガルナ(?)のセティ一世の葬祭殿からメディネト・ハブまでの西岸地区をナイル川に平行に沿っていくものであると理解しています。このパイプは耕地と神殿の間にのばされるでしょう。神殿の反対側は砂漠です。
****
ブログに写真が載っていて、
ラムセウムやメディネト・ハブでパイプが設置されようとしているところだそうです。
サッカラで出土したカルトナージュの一部です
http://drhawass.com/photoblog/decorated-carttonage-new-excavations-saqqara
ちょっと修復された(くっつけた)みたいです。
ミイラ作りをしているアヌビスと、左の女神はネフティスでしょうか。
右にはイシスがいたかもしれませんよね。
関連記事:サッカラで新しい発見
http://siryoumemo.blog.shinobi.jp/Entry/87/
●女性だと思われていた男性のミイラ
http://www.newsday.com/news/local/nassau/ny-limumm2412910051jun23,0,1461405.story
こちらも、少し長い記事です。
http://www.nydailynews.com/news/2009/06/24/2009-06-24_brooklyn_museum_mummys_a_daddy.html
火曜(2009.6.23)の話みたいです。
レディ・ホルとよばれていた2500年前のミイラの話。
カルトナージュ棺が女性の形をしていたから(下のサイトのほうの記事では、あごひげが欠けていたからとあります)、女性と思ってそう呼んでいたけれど、
CTスキャンで陰茎と陰嚢が映され、男性と判明したとのこと。
レディじゃなかったんですね。
このミイラは、70年も前(正確には1937年)にテーベで発見されたものだそうで、
ブルックリン美術館に保管されていたといいます。
これ、タイトルがいいんですよ。
マミーはなんとダディーだった!! みたいな……。
笑。……あれ、勝手な解釈?
ブルックリン美術館から、4体のミイラがCTスキャンのためにノース・ショア大学病院にお出かけしているみたいです(6月30日まで)。
そのうち一体がこのレディ(あ、もうレディじゃないか)・ホルで、
ほかにも、Pasebakhaienipetという人のスキャンでは、食道に5インチほどの葦が差し込まれていたといいます。美術館の学芸員Bleiberg氏は「今まで見たことがない」といいます。
……どうして葦が入っているんでしょうね?
CTスキャンは、ミイラを解体したりすること無しに、ミイラの状態や死因、病歴などまで明らかにすることができるそうです。
スキャンの結果は、美術館で展示される予定だということです。
●性別判明
http://www.theage.com.au/national/after-2000-years-scan-solves-mummy-mystery-20090617-chw9.html
こちらは2009.6.18の記事です。
2000年前に、7歳くらいで亡くなったと思われる子供のミイラがCTスキャンにかけられ、男の子だと判明したという記事です。
ミイラの覆いは女の子のように見えますが、ミイラと一緒に見つかったパピルス(おそらくテーベで見つかったと思われる)にはホルスと記されており、それは少年の名前である、と、シドニーのニコルソン博物館の学芸員、マイケル・ターナーは言います。
このミイラは1850年代にチャールズ・ニコルソン卿によって集められ、約150年間、博物館に保管されていました。
記事の中に、こうあります。
「私たちは、彼が少年であり、ホルスという名前を持っていたことを知りました。
それは、彼自身に個性を与えます。彼は、ただの博物館の展示物ではなく、実在していた人物なのです」 「エジプト人は名前が永遠に話されるよう望みました。」
「名前が失われれば、無へと消え去ってしまうのです」
--ジャネット・デービー氏(ビクトリアン法医エジプト学研究所の学者)
CTスキャンは猫と子猫のミイラにも行われたそうです。