古代エジプト関連限定ブログです! 宗教思想関連多め
●スフィンクスのレーザー調査
http://drhawass.com/blog/laser-scanning-sphinx
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マーク・レーナーは1979~83年の5年間、ドイツの考古研究所と協力して、スフィンクスの詳細図と写真測量地図を制作してきました。
地図は記念物の状態を記録するためとても重要で、1998年にわれわれが復旧および保存作業を始めることを可能にしました。
これらの写真は、私たちのガイドとして役立ったのです。
最近、私はアレキサンドリアでの科学調査のためにムバラク研究所と連絡をとり、われわれは教授であるアイマン・エル‐Dessouki博士とリモート・センシング(遠隔探知)および宇宙科学についての国立公社の彼のチームと、スフィンクスをレーザースキャンするために共に作業することになりました。
これらの高度なスキャナは対象物の距離、色および粗さを記録し、そして複合スキャンを行うことで、スキャンされた対象物の詳細な記録を作成します。
ギザで複合スキャンを行うために、チームはレーザースキャナを台地の異なる位置で起動する必要があり、消防車の後部のクレーンを用いて45mもの高さにするものもあります。
こうすることで、大ピラミッドやスフィンクスの設計図を、今まででもっとも正確に作ることができます。
結果は誤差5cm未満の正確さで、高解像度の図を製作します。そして何より重要なことに、データを集める過程は記念物に無害であるということです。
この作業は非常に正確で、とても速いのです。
ギザのピラミッドをスキャンするのにひと月で済みました。
今はその内部の部屋やシャフトをもスキャンしています。
チームはルクソールの東岸および西岸の記念物をもスキャンしています。地上部からのスキャンと同時に、チームは考古学的遺跡の上を飛ぶことで空中スキャンをも指揮しました。
これらのもっとも最新の研究の前には、サッカラの日本のチーム(階段ピラミッドをスキャンした)とともに作業しました。彼らの素晴らしい仕事のおかげで、この古代の記念物の上部構造及び下部構造の復旧を始めることができました。
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●王家の谷・壁画の損害
http://www.rfi.fr/actuen/articles/116/article_4817.asp
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このまま観光のために開かれ続けては、観光客の呼吸が王家の谷の華麗な壁画を殺してしまうかもしれない――エジプトの考古物の長、ザヒ・ハワス博士は言います。
少ない換気と観光客の息は、墓の彫刻や彩られた装飾に損害を与えます。
「湿気と菌類のレベルは訪問者の呼吸のために上昇しています。これは墓が150~500年の間に失われることを意味します」
ハワス氏は言いました。
ネフェルタリ王妃やツタンカーメン王などの伝説的なファラオの埋葬地を含む墓地は、巨大な観光名所です。
エジプト考古最高評議会は、換気装置を設置し、訪問者数を制限し、いくつかの墓を閉じることにより、墓とミイラを保護することを決定しました。
ネフェルタリ、セティ1世、ツタンカーメン王の墓は訪問者の目(と息)からブロックされるでしょう。しかしハワス氏は、同一のレプリカが一般に公開されるようになると言います。
「専門のチームが近々、レーザー技法を用いてこれらの墓を調査し、レプリカを作ろうとしています。それは王家の谷の近くで訪問者に公開されるようになるでしょう」と、彼は加えました。
ツタンカーメン王の墓を含む墓地は、1922年、英国の考古学者ハワード・カーターによって発見され、黄金と準貴石などで包まれた少年王の華麗な石棺が見つかると、国際的な興奮を巻き起こしました。
ツタンカーメンは18王朝のファラオで、紀元前1333年にエジプトの王座に9歳で就き、紀元前1324年に19歳で謎の死を遂げました。
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テーベ・マッピング・プロジェクトって、もしかしてこのためにやってるんでしょうか……。
なんだか、大きな転換期に来ているような気がします。
確かに、今までレプリカなしにそのまま公開していたというのは、保存を考えると無茶なことだったのかもしれません。
数年したら、見れなくなるものも増えるかもしえませんね。
その前に、できれば、見ておきたいなあと思ってしまいます……。
http://dsc.discovery.com/news/2009/08/19/pharoah-tomb-zoom.html
トトメス三世……かな? トトメス四世のものでした(汗)すみません!
こんなのも、見れなくなるんですね……。
もっと綺麗に復元されるのでしょうが……。
●インド・ハイデラバードのミイラ修復・続報
http://timesofindia.indiatimes.com/articleshow/4904411.cms
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エジプト考古最高評議会(SCA)、調査部門の長であるタレク・エル・アワディ氏は月曜、エジプトのミイラを保存している政府に報告書を提出しました。
それは州の博物館に保管され、管理不行き届きのため状態が悪化しています。
タレク・エル・アワディは彼の報告書を事務局にいた観光大臣であるJ Geeta Reddy に提出しました。
考古学と博物館の管理者であるP Chenna Reddyによると、
アワディ氏は部に、保管と安定のために適した状態にするため、ミイラ周辺の環境を変えることを勧めたということです。
エジプトの専門家はミイラを保管するため特別製のショーケースをドイツから取り寄せる必要があるといい、2万ドルかかるということです。
レポートには、
ケースがどんな生物も通さないようにするため、酸素無しのショーケースが必要なのだとありました。
ミイラの展示される部屋は終始温度をコントロールされねばならないし、ミイラは直接の光のもとで展示されるべきではなく、カメラのフラッシュも許されるべきではないと言います。
観測システムがショーケースの中に、またミイラ室にも備えられるべきだと。
無酸素の環境は、生物学、物理学、化学的にも明確に悪化を止めるでしょう。
しかし最大の問題はここです。
政府は2万ドルもの莫大なお金を費やす用意があるかどうか。
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こうして結局エジプトに持って帰るんでしょうか。
ミイラを保存するのって、大変なんですね。
そういえば最近テレビで「生き仏」だったかな? 日本のミイラを見ましたが、そういう保存はされていないようでしたよね。
でき方が違うからなんでしょうか。
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関連記事:インドにあるエジプトのミイラ
http://siryoumemo.blog.shinobi.jp/Entry/109/
●ルクソール地区の開発
http://drhawass.com/blog/press-release-new-developments-luxor
(2009年8月17日)
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エジプト考古最高評議会(SCA)の長官、ザヒ・ハワス博士と、ルクソール最高評議会(LSC)の長であるサミル・ファラグ博士は、
ルクソールの西岸及び東岸の異なる遺跡発掘現場での開発計画がいくつか完成したことを祝い、
また、進行中のプロジェクト(予算は合計でLE?1億2700万)を訪れるでしょう。
アブル・ハガグ El-Loxoriモスクを含んだそれらのプロジェクトは、ルクソール神殿の入り口を変え、デル・エル・バハリの神殿周辺を開発し、ハワード・カーターのレストハウスを今後博物館とするため復旧し、王家の谷に新しい照明システムを設置しました。
アブル・ハガグ・モスクは1286年、スンニ派の首長アブル・ハガグを記念するために建設されました。時の経過とともに、モスクの壁や基礎は損傷を受けてきました。割れ目が壁の至る所に広がり、Mayda’a(水飲み場)からの水が基礎の部分に漏れ出しています。
14か月とLE 1340万をかけた復旧作業がはじまり、モスクを元の壮観へ戻そうとしています。割れ目はいま取り除かれ、基礎は強化され、水飲み場は一新されました。モスクのオープン・コートが開発され、火災警報システムが設置されています。モスクのドームも、モスクを構築するために1286年に再利用されたファラオ時代の柱も、同様に修復されました。
ルクソール神殿の入り口もまた変更されました。
このプロジェクトはLE 72億6000万、18カ月もかかりました。
さらに、デル・エル・バハリ周辺地域は過去15カ月、LE 98億5000万かけて開発されています。
その狙いは、神殿の周辺からすべての無許可の行商人たち(記念物を守るための安全圏を侵食してしまう)を立ち退かせること。そして、神殿に通じる道をすべて舗装しなおすとともに、公的なビジターズ・センターを、カフェテリア、書店、52のバザーを建設することです。
カーターのレストハウスは、1990年代初頭にハワード・カーターの王家の谷での発掘中の住居として使われていたものですが、修復され、彼が発掘中に用いた道具や器具を展示する博物館になります。このプロジェクトはLE 112万1000かけ、4か月続きました。これは今後開かれます。
最後のプロジェクトは、王家の谷に新しい照明システムを設置したことを含みます。この新しいシステムはこれからテストされるでしょう。
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ほんとにビジターズ・センターを作るんですね。ものすごく変わってしまいそうですね。
その前に一度行きたいなあ……。
お金の話が多いですね……。
すごいかかってますね。びっくりします……。
●NHKハイビジョン特集『エジプト発掘』
第4集 海を渡ったエジプトの民
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NHKスペシャルの方では終わりましたが、
BSハイビジョンの方では続いてました。
というか、放送時間も長いし、アナウンサーの演出も(今回は)なく、
もしかして、BSハイビジョンでやっていたものって、NHKスペシャルと違うのでうは……?
今までの第三集までの再放送もあるらしいので、ちょっとチェックしてみたいです。
さて……。
番組の内容は、
プントとの交易が、陸伝いではなく、海を航海して行われたということについて、検証するものでした。
プントは、はっきりと「どこにある」とは分かっておらず、
アラビア半島の右下、今のイエメンあたりか、海を挟んだ南西にあるエトルリアの辺りではないかという考えもありましたが、今は、スーダンの辺りという考えが有力なようです。
ハトシェプスト女王の葬祭殿には、
プントとの交易の様子が壁画であらわされていて、
太った女王様の絵なんかすごく有名ですが、
たくさんの交易品などが、船で運ばれる様子もあります。……木や動物や象牙、特に重要だった金、没薬や乳香なども、運ばれてきたのだそうです。
エジプトでは、ナイルが重要な「路」で、
陸路より水路がよく利用されていたといいますが、
スーダンはエジプトの南。船で川をさかのぼろうにも、アスワン辺りは川幅が狭く、流れも急です。この「カタラクト」と呼ばれる、流れが急な所が、アスワン以南に合計6箇所あるそうです。
これは、川を行ったはずがない。海だろう。と。
古代の交易隊は、ワディ・ハンママートを通って海に出、そこから船で南へ向かったと考えられるそうです。
この、ワディ・ハンママートには、隊の休憩所として利用された井戸(ローマ時代に補修されたそうです)や、2、3km置きに山頂に立てた見張り小屋などが残っていますが、何より目を引くのが、古代のヒエログリフの碑文(おそらく落書きも)。
神々の描かれたものもあって。つい一時停止でどの神様かチェックしましたよ(笑)。分からないのもあったんですが(汗)、
本当は右から見るのでしょうが、映像が左から写されたので、左から……
?(いきなり分からない・笑)、メンチュ、ネフティス、(おそらく)イシス、トト、ホルサイセ、ゲブ?、王?、オシリス、?、プタハ、ハピ、ミン、ラー、アメン。
すごいたくさんです。
この交易路は、特にミン神が守護するものだったと聞いたことがありますが……。
さて、この道の先は古代、港だったようで、
海洋船用のロープから、石で造られた碇と思われるもの、船の一部だった板まで何枚か、見つかっているそうです。
古代エジプトの船は、今のように、骨格を作って、板を張って……という建造法ではなかったそうです。
竜骨と呼ばれる、船の底を縦に貫く一本を軸に、側板を、パズルのように継ぎ合わせて作ったようなのです。
今回の放送のメインは、この「古代の船」を、実際に作って、海を渡ってみようというものでした。
こだわりがすごいです。船の構造はもちろん、レバノン杉はない(乱伐のために保護対象になっています)ので、似たような木材を使うしかないのですが、ロープの素材から、使う道具の形まで。
大きさが分からないので、葬祭殿の壁画からイメージします。人の大きさを考え(古代エジプトの男性の平均身長は165cmくらい)、全長は20メートルと推測。横幅は、カイロ・エジプト博物館にある模型や、実際に利用された川船そのものを参考に、5mと割り出しました。
板は、見つかったものを参考に一枚の大きさを考え、合わせて90枚ほど必要となりました。
実際の船の作り方は、サッカラにある貴族ティのマスタバ内の壁画を参考にされます。
継ぎ目は、もちろん金属などを用いてありませんから、「ほぞ」という木片を用いて、穴を開けた双方の板をつなぎ合わせるのだそうです。
そうして、今もエジプトで、昔ながらの方法を用いている船大工の手を借り、この壮大な計画が2008年4月に開始されました。
完成したのがいつなのか、説明はありませんでしたが、
ついに形が完成し、進水式を迎えます。
ところが……ここで初めて問題が。
木と木の隙間……隙間は、どうしても少しできるものなのですが(手作りだし)、木は水を含んで膨張する性質があるので、水に浮かべれば埋まると思われていました。ところが、うまらなかったのです。
古代の船には、樹脂などの防水コーティングの跡がありません。どういう方法を取られたのか、記録が全く残っていないのです。
結局、繊維のつめものと、その外を蜜ロウで補強する方法が取られました。そのようなものが発掘されたわけではないのですが、利用していたものが朽ちた可能性はあります。またこれらの方法は、昔から今でも、エジプトの造船に用いられている技術だと言います。
無事船を浮かせ、650kgのマストを、30分かけ、多くの人の手で掛け声を合わせて立てます。まるで、命が吹き込まれた瞬間のようでした。
船は、エジプトの神の名である「ミン」と名づけられました。
船は60トン、その底に、重りが11トン。本当に、重くて、海洋船にしてはずんぐりとしたものだということですが、
これが、実際、海を渡っていけたのですから、すごいですよね。
帆が風を受けて、ぐんぐん進むのですが、帆を張りすぎて一度折ってしまったり、
風が強すぎる日は、揺れがひどかった時もありましたが、それは、二本の梶でこまめに向きを変えたことと、より小さな帆を張ることで、解決することもできました。
300kmの航海は、実現したのです。
番組の中で、
古代エジプト人が、何千年もかけて培った船の建造技術と、航海技術を、ほんの数年で実現しようなんて、簡単ことであるはずがないし、無理だけれど、
それに近付く努力をしたことで、得られたことは大きく、
また、古代の人々の知恵や技術の大きさ・高さを知ることで、謙虚な気持ちになれた、と語られていました。
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木造の船が、青い海原を、白い帆をはりかける姿って、本当に、美しいですね。
「古代エジプト人は、海も航行していました」と文で見ると簡単なことのようですが、実際、船を造るところから見ると、木の組み方一つ、帆の張り方一つ、工夫がいるものだなあと思いました。
文献などからでは、感じることのできない部分ですよね……。
スーダンの国境に近付くと、イルカがたくさん泳いでいたのはびっくりです。
古代、全く同じであったとは、もちろん思いませんが、
こういう試みから知れることって、本当に、大きいですよね。見ることができてよかったです(見たことがなかったもので)。
ただ少し、
レリーフにはオールで漕ぐ様子がたくさん書かれているのに、ほとんど漕いでなかったなあとか(映してないだけ?)、
木とか動物を乗せるには、狭い船だなあと、思っちゃいましたが……。
エジプトは川の民だが、海の民でもある、とくくっていましたが、
エジプト人にとっては、それでもやっぱり、海より川だったんだろうなあ、と。
ナイル賛歌を思い出して、考えました。
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次は24日に、特集としていくつかやってくれるみたいです。
忘れてなかったら、ちゃんと見たいです。
やっぱり、映像で見れる部分って大きいですね。
特に、再現されたもの、それが、こだわりの多いものだったので……。