古代エジプト関連限定ブログです! 宗教思想関連多め
●ベニ・ハッサンの岩窟墓
(画像)
http://drhawass.com/photoblog/beni-hassan-tomb
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エジプト中部のベニ・ハッサンにある中王国時代の墓。
1890年~1891年に、パーシー・ニューベリーおよびジョージ・フレーザーによって初めて記録された、この巨大な岩窟墓の一群は、その風変わりな装飾が注目に値します。
これらの墓の内部に描かれた場面は、近東の人々がエジプトにやってきたという実例と共に、日々の生活を理想化されたものも含まれます。
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うわあ、アングルが美しい!! と思いました。
天井の装飾も細かいですよね。
ベニ・ハッサンの岩窟墓は撮影が禁止されている、とどこかで読んだ気がします。貴重な一枚かも?
●ルクソール西岸の新しい墓
http://drhawass.com/blog/video-new-tombs-discovered-dra-abu-el-naga
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われわれはルクソール西岸のドラ・アブ・アル=ナガ(貴族の墓地として知られる)で発掘を始めました。ここでは、すでにいくつか新しい墓が発見されています。
そのうちひとつが、アメンエムオペトという名の人(墓の中の封から知れた)の墓があります。その名の「アメン」という字は、墓のレリーフから削り取られています。おそらくアマルナ時代に、アメン神(当時は支持されていなかった)の名をすべて削ろうと試みた人々によってなされたのでしょう。
第三中間期のはじめごろに、その墓はレイという人物に再利用されました(内部でその名をもつシャワブティが見つかっている。※動画内では、博士はシャワブティを第19王朝終わりごろのものと説明)。シャワブティはよく墓の中に置かれるもので、それには死者の名前が刻まれており、来世で死者を支援するように意図されていました。
エジプト人の探検は、ルクソール西岸の別の地区(かなり有望である)でも行われています。ここでは二つの重要な新しい墓がすでに発見されています。
ひとつは後代の、モンチュ神の高官の墓(名前は明らかでない)です。墓の正面を飾る場面には、彼が妻と共にモンチュ神を崇拝している様子が描かれ、その隣の場面には、イシス、ネフティスそしてオシリスを含むほかの神々が描かれています。退かさなければならない瓦礫が多くあるので、チームはこの墓の内部をまだ発掘していません。
二番目の新しい墓は、アンクミンという名の男のもので、予備外観ではラムセス3世の治世あたりに位置づけられます。この墓もまた入り口に死者の場面があり、その中に、死者がオシリスの前にあるものを含みます。この墓も、後代に再利用されたかのように思われますが、正確なことはもっと発掘してみないとわかりません。
この探検はこの地域の墓を発掘、記録そして保存する重要な作業を続けるでしょう。
それが後の作業に繋がり、この新しい刺激的な地域についてより多くのことを知らせてくれるだろうと思うと、とても面白いと思います。
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モンチュ神の高官の墓、入り口の図像、ステキですね。
アンクミンの墓の入り口も、ヒエログリフがけっこう残ってるのですね。
内部はこれからとのこと、何かみつかるといいな……。
ところで「Heritage key」とは海外の有料番組でしょうか。
色々あるんですね……。
●KV55のミイラ
http://drhawass.com/photoblog/dr-hawass-examines-kv55-mummy
ハワス氏のサイトにあった画像です。
1907年に発見され、カイロ博物館の地下に置かれていたミイラだそうです。ミイラといっても、ほぼ骨みたいになっているそうですが……。
このミイラが、アクエンアテンのものかもしれないと思われているそうです。
DNA調査するんですよね、きっと。
KV55で発見されているものは、アメンヘテプ3世からツタンカーメンくらいの時代に位置づけられるそうです。
カシェと考えられており、壁に装飾はなかったとのことです。
それにしても、写真の向こう側に写っている人型棺、綺麗ですね!
●王家の谷でオストラコンなど発見
http://drhawass.com/blog/video-new-inscribed-finds-valley-kings
ザヒ博士のサイト、9月17日の記事です。
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私は今、王家の谷を一年半ほど発掘しています。エジプト人ばかりのチームがそこで作業するのは初めてで、彼らと作業しています。
われわれの発掘は、これらの墓を建造した労働者たちの生活などについての新しい証拠を見つけるために続けられています。
多くの石灰石の小破片(オストラコンと呼ばれるもの)や銘のある陶器の破片など、多くの人工品が明らかになっています。これらの銘は、労働者の生活の様子をより明らかにしてくれるため、非常に価値があります。
とても興味深いもののひとつが、墓の計画を記した石灰石の欠片で、労働者によって3000年も前に描かれたものです。
他にも、ウェレト・ヘメト・ネチェルヘメト・ネチェル・ウレト(偉大なる神妻の意)という肩書きを含む銘を刻んだ欠片があります。この肩書きは未知の王妃ティイ(Tiy)のものです。ここでの作業で、この王妃についての証拠をもっと見つけたいと考えています。
労働者の一人によって捨てられたらしい、大きな女性のスケッチのある破片は楽しいものです。これはその労働者の彼女を描いたものだったら面白いと思っています。
陶器の破片には、興味深い組み合わせのカルトゥーシュが、二つ、並んでいるのを見ることができます。
ひとつはハトシェプスト(女性のファラオ)で、もうひとつはその後継者、トトメス3世です。
トトメス3世が王座に上ったとき、ハトシェプストのモニュメントを破壊するよう命じたものだと、長いこと考えられていました。ですがこの欠片は、そういった考えが間違いであり、破壊は彼の治世の終わりごろ、彼の息子アメンヘテプ2世が継ぐころに起こったものだということがより考えられてきます。損傷は、おそらく女性のファラオを見たくないという人々によって起こされたという方が、より考えられます。
見つけたオストラコンのうちのひとつ、ヒエラティックの書かれたものからは、労働者がどれだけ多くの食物を与えられていたかを知らせる表があります。われわれは、これらの労働者がここで働いている間、墓に近い小屋で生活していたことを知っています。今、どれだけの食料が役立てられたかを知ることができました。
われわれの発見のすべてが、特にこれらのヒエラティックの銘やスケッチが、労働者たちの生活と同様に、彼らの建てた墓の主の生活を伝えてくれるため、とても重要であると考えています。
私はこれらが王家の谷での発掘で発見できたことを嬉しく思います。この発掘は、貴族や労働者の生活についての新しい証拠を見つけるために続けられるでしょう。
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女性を描いたオストラコンのらくがき、面白いですね!
こんなにおなかが丸いし、あまり美人とはいえないですよね。風刺画の様にも思えちゃうのですが……。
彼女を書いたのだとしたら、それは、目に付かないうちに捨てて正解ですよね(笑)。
hemet netjerとありましたが、ネチェルって英語表記でこうなのか、それとも打ち間違いなのか……こういうの、なかなか慣れないです。
しかもヘメトとネチェルの読み順は分かるんですが、ウェレトから先に読むんですね……。うーん、難しい。慣れかな。
西村先生から以下のようなご指摘を頂きました。
「偉大な神の妻」の読み方は、ヘメト・ネチェル・ウレト(Hmt-nTr wrt)です。英語で表記すると、hemet-netjer wretです。
ということで、本文を修正しておきました。
netjerは英語の表記なのですね!!
はじめにネトジェルと訳して、映像を見てから修正したのは内緒です(バレバレ・笑)。
いつもありがとうございます!