古代エジプト関連限定ブログです! 宗教思想関連多め
●フィラエ島のイシス神殿(画像)
http://drhawass.com/photoblog/philae-temple
ザヒ・ハワス博士のサイト内で公開された写真です。
いつも思うんですが、とても素敵な写真ばかりですよね……。
神殿だけでなく、辺りの……川や岸の様子までよく分かるし、水面に神殿が少し映っているところもはずさない。
神殿自体も確かに美しいですが、全体を含めて素敵なところだなって思います。行ったことないけど。
フィラエ島はアスワンの辺にあって、
確かダムで沈みそうになったから(実際に沈んでしまったそうです! コメントでのご指摘ありがとうございました!)、神殿をここに移築したんですよね?
(あ、「1970年代にアスワンハイダムの構築による水位上昇から保護するため移築」と書いてました・汗)
実際にはどう見えていたんだろう……。
東洋書林『古代エジプト神殿大百科』リチャード・ウィルキンソン(内田杉彦・訳)、P213によると、
本当のフィラエ島は沈んでしまっていて、現代イシス神殿があるのは近くのアギルキア島(間違えてました・汗。ご指摘ありがとうございます!)というところだそうです。(この本の中では、移築は1960年代となってます。まあそのあたりなんですね)
じゃあこの島、実は偽フィラエ島?
景観はあまり変わらないのかもしれないですね。
あと……
すっごく美しいのですが、
建物自体、王朝時代のものとはいえないのが、ちょっと残念です……。
でも、それを言うと、今残る神殿がけっこう後代に増築したものだったりするんでしょうが……。
エジプトの神殿として現代思い浮かぶものが、
王朝時代の人々が見たものと違うのだと思うと、ちょっぴり寂しい感じもします。
ついつい、古いものはどうだったのかと、気になりますよね。
●第21王朝(タニス朝)の聖なる湖
http://news.yahoo.com/s/nm/20091015/sc_nm/us_egypt_archaeology
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文化省は木曜に、考古学者が古代タニスの廃墟の中にある、エジプトの女神ムトの神殿で、ファラオ時代の聖なる湖を発見した、と発表しました。
同省によると、エジプトの東部デルタ地区にあるサン・アル=ハガルの考古遺跡の地下12メートルで見つかったこの池は、長さ15m、幅12mで、石灰石のブロックで構築されていました。状態が良いということです。
これはタニス(3000年以上前、古代エジプトの第21王朝における下エジプトの都となった)で見つかった二番目の聖なる湖で、はじめの湖は1928年に見つかっているということです。
ムト女神はときにハゲワシとして描かれるアメン神(風と生命の息吹の神)の妻です。彼女は月の神コンスの母でもありました。
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ムト女神についての説明を他のところからも引っ張ってみます。
http://www.presstv.ir/detail.aspx?id=108763§ionid=3510212
The goddess Mut was an ancient Egyptian mother goddess often depicted as a white vulture. She was considered a primary deity of ancient times and was also depicted as a woman with the crowns of Egypt upon her head.
女神ムトは古代エジプトの母なる女神で、しばしば白いハゲワシとして描かれました。彼女は古代には主要な神とみなされており、エジプトの冠を頭上にいただいた女性として描かれることもありました。
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タニスについて書かれたサイト(英語)です。
聖なる湖についても言及しています(2006年11月の記事)
http://www.touregypt.net/featurestories/tanis.htm
アメン神殿の南西に、一回り小さいムト神殿があるんですね。
しかもムト神殿は、この図によると、コンスやアスタルテも一緒に祀られているようです。
タニスのアメン大神殿の見取り図?があったです。
http://www.planetware.com/map/tanis-temple-precinct-map-egy-ttp.htm
同じような見取り図ではないですが、
タニスのムト神殿についてはこちら
http://www.egypttravelsearch.com/Temple/Tanis_Temple.html
ムトとセクメトの彫像があるそうです。
「この二つの組み合わせは面白い」とあります、本当にそうですね。なんとなく分かる気がしますが……。
でも、「ルクソールではセクメトがムト神殿で優位に立っている(そうなんですか?)が、一緒に表現されることはない」そうです。へえ~。
久々にニュースらしいニュースでした。
っていうかサイスとタニス間違えたりしてすみません(苦笑)。
デルタの西と東じゃ大違い……ごっちゃごちゃになってしまいました……。
サイス朝は26王朝ですよね。
●スフィンクスの下を穿つ
http://drhawass.com/blog/drilling-under-sphinx
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近年、地下水位の上昇が、ギザを含め多くのエジプト上の遺跡やモニュメントを脅かしはじめています。
地下水位を検査し危険度を認知するため、ギザの大スフィンクスの下に穴が穿たれました。
2008年のはじめ、SCAはカイロ大学の考古学及び環境技術センターと協力し、最近になって劇的に上昇した下水位を測定するために、スフィンクスの下の一連の穴を穿ち始めました。さらにわれわれは遺跡を保存するために、地下水をスフィンクスや神殿から汲みあげるようなシステムを実装しました。
穴を空けている間、われわれはどれだけ地下水を吸い上げているかを示す石灰石のサンプル(石の質に影響を及ぼす)を回収しました。
このプロジェクトは、
スフィンクスの下に秘密の通路や隠し部屋が存在するといった推測をテストする、良い機会になりました。
かつて人々は私に、スフィンクスの左足の下部に何か隠されていないか見るための許可を、終始求めてきていました。しかし今、われわれは保存のためにスフィンクスの下に穴を開けています。
この、左足の下に開けた穴は、スフィンクスの真下10メートルまで達しており、地下水を調べるためカメラを入れた時、隠された部屋などは見つかりませんでした。これが、そういった推測を休止させる助けになればと思います。
今、このプロジェクトによってスフィンクスのミステリーは終わるだろうと思われるでしょうが、私は、このモニュメントは常に謎めいているものだろうと思っています。
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あれ。同じようなことを何度も訳してすみません(汗)。
●タァウレト像(画像)
http://drhawass.com/photoblog/taweret-figure-found-dra-abul-naga
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最近のドラ・アブ・エル=ナガの発掘中に、SCAの調査隊が発見した、カバの女神タァウレトのブロンズ像です。
頭部に残る黄金から、これが墓主にとって価値あるものであったことがうかがえます。タァウレトは古代エジプトにおいて、家庭と出産の女神でした。
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ほんとだ金が残ってる!
ぴかぴかだったんでしょうね。
腕の下にサアの表象がないなーって思ったです。ないこともあるんだ。
●ルーブルとの和解
http://drhawass.com/blog/battle-louvre
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金曜、パリのルーブル美術館はTetikyの墓から盗まれた5つの部分を今週中に返すと発表し、私はとても嬉しく思います。この話は、世界中すべての博物館が盗品を買わないようにするための教訓になったと思います。
Tetikyの墓はテーべの15号墓で、ルクソールの西岸、ドラ・アブ・エル=ナガと呼ばれる地域にあります。Tetikyは18王朝時代の貴族で、その墓は彼の来世への旅を描く美しい壁画を含んでいました。
この墓ははじめ、1925年のJournal of Egyptian Archaeologyに デイヴィスによって記録されました。2008年、ハイデンベルグ大学のエジプト学調査隊が墓を調査し、幾つかの部分が壁から切り取られたことを知りました。1975年のスライドは完全な状態の壁画を示していたため、われわれはそれらが1980年代のいつかに持ち出され、ヨーロッパの個人コレクションに売られたのだと考えました。
ルーブル美術館は、2000年にマリアンヌ・マスペロの収集から4点、無名の収集から5つめの部分を得ました。
2008年5月、ハイデンベルク大学のエヴァ・ホフマン博士はルーブルのコレクション内に5つの、TT15の壁画部分があることを知りました。彼女の調査チームはSCAに、TT15から失われた壁画部分がルーブルのものと一致することを知らせました。
2009年1月、SCAは、これらの部分はエジプトから不法に持ち出されたので、返されるべきであるという証拠をルーブルに示しました。ルーブル美術館の職員は、返却したいが、科学委員会やフランス文化省の決定が必要であると言いました。この過程は何ヶ月も長引き、何の処置も講じられませんでした。
ルーブルがサッカラでの発掘を継続するための許可を申請したとき、私はその発掘を保留せざるをえませんでした。なぜなら、盗品を所持するいかなる組織も、エジプトで作業させるわけにはいかないからです。
ルーブルは、その品が盗品であることは知らなかったと主張しましたが、職員が壁画を適切に調査していたならば、これらの部分の出所が不法であると知れたはずです。
先週の金曜、35人の専門家による特別委員会がひらかれ、ルーブルにそれらの品を返すよう推奨しました。フランスのサルコジ大統領も、エジプトのムバラク大統領に電話し、ルーブルが6日以内にその品々を送るであろうことを伝えました。
それらの部分が戻されたときには、私はカイロ博物館で記者会見を行うつもりです。われわれは墓と壁画の部分を調べ、それらを元の場所に戻すことができるか確認するつもりです。もしそれが叶わなければ、その壁画を建設中のグランド・エジプシャン・ミュージアムに展示するでしょう。
部分が戻されたとき、私は喜んでルーブルとの考古学的関係を一新し、彼らのサッカラでの発掘調査の再開を許可するでしょう。
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ザヒ博士側からの記事ばかりですみません。
とりあえずどうにかおさまりそうで安心です。