古代エジプト関連限定ブログです! 宗教思想関連多め
●ネクタネボ二世の石棺内部【画像】
……ハーピ神しか分かりません(笑)。
頭から足にかけてヒエログリフを書いているとしたら、向こうに見えるのはイシスですよねっ……。
あ、一番手前の、縦のヒエログリフの最後は、オリオン座ですね。
王のバーがオリオン座に向かうとか書いてるのかな。
適当な単語を拾い上げて勝手につなげて考えてしまう自分(汗)。
ネクタネボって名前がなかなか覚えられないんですよね。
あの辺の王様って、なんか、実はぜんぜん違うエジプト名だったり、
微妙に言い換えられたりしてますよね。
えーと。名前はなんと読むんだろう。
――(弥呂久『ヒエログリフをひらく』P181)
あ、これラーじゃなくてハトホルなの!!??
ということで、最初の部分は
メリィ-フウト・ヘル ですね。
というか、一番最後のニウトを読んでないのかな……? いや、これはニウトではない何かなのかな。
tはどこにつくのかな? 読まないのかな。
とにかく、「ナクトホルエブ」(ヘブじゃないんだろうか……)としているものが、日本語のサイトでは多かったのですが。
ナクトホルヘブ
↓
ネケテヘレブ
↓
ネクタネボ?? あれ?
ヘブじゃなくてネブと読むとか……?
あ、そうか。違うや!
これです、1世と2世の、名前が違うのに、同じ名前で呼ばれてるやつ。
1世が「ナクト・ネブ(・エフ)」なんですね。
ということで、後ろの部分(こっちを先に読むんでしょうか)は
ナクト-ホル-ヘブ
で、いいんじゃないでしょうか……。
あ、ちゃんとそう書いてるとこがあった……。
「Nectanebo2」としたのは、マネトーなんですね。
『ヒエログリフをひらく』では「ネケト・ヘル・ヘビイト=彼の主ホルス神は力強い」としているんですが、イトはどれを読んだのかとか、なんだかよくわかりません。
サイト『Tour Egypt』(URLは下記)には、やはりNakhthorhebナクトホルヘブ、となっていて、
「支配権の強きもの」と訳しているようです。なんとなく納得。
http://honyaku.yahoofs.jp/url_result?ctw_=sT,eCR-EJ,bT,hT,uaHR0cDovL3RvdXJlZ3lwdC5uZXQvZmVhdHVyZXN0b3JpZXMvbmVjdGFuZWJvMi5odG0=,qlang=ja|for=0|sp=-5|fs=100%|fb=0|fi=0|fc=FF0000|db=T|eid=CR-EJ,
この王は即位名にオヌリス神がいたりするんですね……。
セネジェム・イブ・ラー、セテプ・エン・オヌリス
「ラーの心を喜ばせるもの、オヌリスによって選ばれしもの」
オヌリスって誰だっけ……インヘレト? (確認)あ、どうにか合ってた。
イン・ヘル、アンフル?
字を見たことがないので、どう読めばいいか……。
最後のtは読まないのかな?
とりあえず、「遠方のものを連れ戻した」神、という意味ということで……。
毎回確認しないとすぐに忘れる情けない頭!
●基本的な部分を確認:
ネクタネボ2世とは。
“プトレマイオス王朝が台頭する前の、エジプト最後の独立王朝であった第30王朝の王”(ルーブル美術館サイト内の解説)
ここでは、王の治世は前358-341年、とされています。
***
このころのヒエログリフって難解なんですよね? といって逃げる(笑)。
今回は混沌としたつぶやきブログになってしまった。
長くブログ更新してなくてすみません。
あまり気負わず、気になったときだけにしようと、最近は思ってます。
英語の記事を訳したのでなければ、間違いの多い記事になると思いますが、
ご指摘いただけると幸せです。
なかなか分かっていないことをさらすブログ(笑)。みたいな。
拍手、ありがとうございました。
すごく、励みになりました。
少し、頑張れそう(涙)。
●オシリス神と柳の木
オシリス神と柳の木について調べてみたこと。
柳(willow)、古代エジプト名チェレト。
基礎知識=<オシリス神話>オシリス神の遺体を収めた棺はナイルに流された後、柳の木がこれを隠し、後に王宮の柱となったものを、イシスが取り戻しに行った。
****
①
http://www.reshafim.org.il/ad/egypt/botany/willow.htm
・柳は、木材として家具やテントの柱、道具の取っ手にされた。
・枝は長細くしなやかなため、鞭にされていた。
・柳のカゴ細工は、比較的少数だった。枝編み細工はローマ時代から現れ始めたもの。
・葉、種、樹皮などが医療に使用された。
・花輪とともにミイラの棺を飾った。
気になるのは右上の画像。
Apparently a willow tree, tomb of Hu
The phoenix, soul of Osiris, is sitting on one of its branches.
Source: Ludwig Keimer, L'arbre tjeret est il reellement le saule egyptien?, BIFAO 31 (1931)Huの墓にて 明らかに柳の木が描かれ、
オシリスの魂であるフェニックスが枝のひとつに止まっている。
Huの墓について調べがついてないです。
また、以下のような記述も。
In mythology willows do not figure as prominently as sycamores or ished trees, though in the Heliopolitan tradition it was the primordial tree on which the sun rested in the shape of a bird at the beginning of the world. The Metternich Stela makes a connection between the tr-tree, apparently the willow, and the benu bird:
You will not die from the poison's burn, for you are the great phoenix who was born on the branches of the tr-tree in the princely house of Heliopolis.
After a French translation in Ludwig Keimer, L'arbre tjeret est il reellement le saule egyptien?,BIFAO 31 (1931), p.190
神話においてヤナギは、シカモアやイシェドの木ほど顕著に図像化されていません。ですが、ヘリオポリスの伝説に、それは世界のはじめ、太陽が鳥の姿で休む原初の木であるとされました。
メッテルニヒ・ステラはtrの木(明らかに柳の木である)とベヌ鳥の間に繋がりをみせます。「あなたは毒の痛みで死ぬことはないでしょう。なぜならあなたは、ヘリオポリスの宮廷にあるtrの木の枝の中に生まれた偉大なる不死鳥なのですから。」
メッテルニヒ・ステラ(第30王朝・メトロポリタン美術館所蔵)の画像はこちら。
http://honyaku.yahoofs.jp/url_result?ctw_=sT,eCR-EJ,bT,hT,uaHR0cDovL3d3dy5tdXNldW1zeW5kaWNhdGUuY29tL2l0ZW0ucGhwP2l0ZW09NzQxNQ==,qlang=ja|for=0|sp=-5|fs=100%|fb=0|fi=0|fc=FF0000|db=T|eid=CR-EJ,
他には、
It was sacred to Osiris and gave shade to his coffin while his soul rested on it in the guise of the phoenix [Lurker, p.225]. In some versions of the myth it was the willow which grew around the coffin protecting it, in others it was the persea.
それはオシリスに捧げられ、彼の魂がその木にフェニックスの外観で休む間、彼の棺を隠しました。神話のいくつかのバージョンで、棺の周りに茂り隠したのはヤナギとされ、また別のいくつかでは、ペルセアとされました。
デンデラの神殿には、以下のような銘文があるそうです。
The names of the sacred trees are jS.t, kbs, tr.
jS.tとkbsは何をさすのかはっきりしませんが、trはヤナギであると考えられるそうです。
同じデンデラに、「ヤナギ立ての祭」についてを記した壁画があり、
王はオシリスに向かいヤナギの葉つき枝を捧げています。
「ヤナギ立て」祭は、神々が王に豊作を約束するための祭で、
新王国時代から、それはアメン神の信仰に取り入れられた、とあります。
Erecting the willow. Formula:
I offer you the willow. I erect before you this branch of the temple of the sistrum. One makes you the feast of drunkenness in the place which you love with the very great of your majesty. I have erected for you that which belongs to you at the beginning of the first month of the season of summer, and you enjoyed it.
Hathor temple at Denderah
After a French translation in Ludwig Keimer, L'arbre tjeret est il reellement le saule egyptien?,
BIFAO 31 (1931), p.211
「ヤナギ立て」の祭文:
私はあなたにヤナギを捧げます。私は、シストルムの神殿のあなたの前にこの枝を立てます。人はあなたの偉大なる権威のために、あなたの好む場所で饗宴を開き酔わせましょう。私は夏季の第一月に、あなたのためにあなたに属するものを立たせ、あなたは喜ばれました。
***
②
http://www.touregypt.net/featurestories/treegoddess.htm
③
http://www.egyptianmyths.net/tree.htm
の両方に、
ペルセア=ホルス、
シカモア=ラア
ヤナギ=オシリス
ウプウアウト=タマリスク(ギョウリュウ)
と結びついている、とあります。
③によると、トト神とセシャト神がイシェドの葉に王の名と支配年を書き記し、永遠のものとするという有名なエピソードは
第18王朝の間に流行った表現だそうです。
柳の木についてもうひとつ有名なエピソード。
The willow tree was also sacred in Egypt as it was the tree that was said to have grown up around Osiris' leaden coffin in Byblos. Several towns had tombs that were said to hold part of Osiris' dismembered body. All of these had willow groves associated with them. It was said that the god's ba rested within these groves.
柳の木は、ビブロスにおいてオシリスの重い棺の周りで茂った木であるといわれたため、エジプトで神聖視されてきました。
いくつかの町は、バラバラになったオシリスの体の一部を埋葬した墓を持つとされていました。これらの町のすべてに、これに関連付けて、柳の木が植えられました。
この神のバー(魂)がこれらの木立で休むといわれました。
***
10/16追記:
オシリスの棺を隠したとされる木は、ヤナギ、ペルセア以外にもタマリスク(ギョリュウ)、ときにシカモアイチジクのこともあり、これと決まっていないようです。
また、プルタルコス著『イシスとオシリスについて』によると、
それは「ヒース(エリカ)の木」であったとされていますが、この木はエジプトにはあまりなじみがない木だそうです。
ヤナギは、現代のエジプトにも見られるらしいです。枝垂れ柳が。
柳がオシリスに結び付けられるのは、日本人的に妙に納得……。でも、柳が死者などと結び付けられるのは、日本やエジプトに限らず、あちこちにあるようですね。
(ご指摘ありがとうございました!)
●墓のささやき
byザヒ・ハワス博士 2009年10月29日
http://aawsat.com/english/news.asp?section=7&id=18628
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私の見解によれば、
イスラエル人の出エジプトは科学者と調査員の間で、審判の日になるか、この問題を解決することができるような新しいし考古学的証拠が発掘されるまで、論争を残したままになることでしょう。
今日の歴史家および考古学者に利用可能な情報を考慮したところで、われわれには節度ある実践や用心をすることくらいしかできないのです。(?)
フランスの考古学者アラン・Zivieサッカラ区域のアブワブ・アル=コタト「猫の扉」として知られる地域で、アペル・アルの墓(?)の発見に続いて、考古学者たちの間であるうわさが囁かれました。
アブワブ・アル=コタトは、墓に埋葬された何千ものミイラ化された猫が発見されたことから名づけられました。古代エジプト人が猫の頭をしたバステト女神を信仰していたことは良く知られています。バステト信仰の中心地はテル・バスタに位置していますが、それはエジプトの都Zagazigあり、以前はブバスティス(バステトという語が由来)として知られていました。
Zivieは岩盤を地下30メートルまで掘り下げた埋葬室に着くまで、地下を深く進むことで墓を発見しました。彼は墓を復旧し、また彼自身が安全に埋葬室に着くようにする為に、カイロ・メトロ・プロジェクトで働くフランスの技術者に援助を求める必要がありました。こうしてZivieはサッカラでほとんど手を付けられていない近代の王国の墓を発見したのです。
このほぼ20年ほど前に起こった墓の発見は、重要な考古学的イベントを残しています。その理由は、この墓に埋葬された人物は「アペル・アル」として知られていますが、これはヘブライ語の名前のエジプト化されたものなのです。
アペル・アルはアメンヘテプ三世と、後には彼の息子であるアクエンアテン王の、大臣だったのです。アクエンアテン王は、アテンと呼ばれた太陽の崇拝によって表される一神教を創立した、はじめの統治者でした。
この墓の発掘は1980年に始められ、1989年までと、10年ほど続けられました。この場所で見つけられた人工品の中にはいくつか「アテンの精神的な父親」や「神官」「アテンの第一のしもべ」といった肩書きが描写されていました。
これらはアペル・アルがアクエンアテンの治世に、メンフィス地区でアテン神の主任司祭として仕えていたことを意味します。
もちろん、ヘブライ人の墓の発見のニュースの影響で、メンフィスにアテン神殿があったかどうか疑問視する考古学者から多くの質問や論争がもち上がりました。
アペル・アルの墓から発見されたポートレイトは、そういった神殿が実際にメンフィスにあったということを示しており、これは考古学の間で伝統的に信じられていた、首都テル・エル=アマルナ以外で一神教(アテン教)は存在しなかったとする見解と、まったく反することなのです。
テル・エル=アマルナはアクエンアテンによって、彼の家族のために建設された都です。彼は生涯この都を出ないことを誓い、都を「Akhen-Aten」(?)……アテンにとって忠実・忠誠な都、と名づけました。
これに加え、トーラー(旧約聖書)の学者と考古学者で、アペル・アルの名が事実ヘブライ人の名であるということについての信頼性についての長い論争がありました。
これによって、ヘブライ人が第18王朝の間にエジプトにいて、何人かエジプト人化したものが州で高官の地位についたという印象がつくられました。
アペル・アルの墓で見つかったすべての遺物――棺、ミイラ、墓の壁に刻まれたものなど――が当時のエジプト様式と一致していることを強調することは、重要なことです。アペル・アルのポートレイト、服、装飾品などでさえ、純粋に古代エジプトのものです。
これは事実、すべて真実であり、本当のこと以外に何もありません。
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興味深い記事だったのですが、
また訳が怪しくてすみません。
訳が間違ってなければ、少なくともザヒ・ハワス博士は
メンフィスにアテン神殿があったと言っているのですよね……?
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ザヒ・ハワス博士は
11月1日の記事によると
エジプトの文化副大臣に任命されたそうで……(あれ、訳ってこれでいいのかな)。
エジプトの法律で、
ある役職に一定期間勤めたら退職しなくてはならないという決まりがあるため、
来年の5月にはSCA長官を退く予定だった、とあります。
(下記のURLより)
http://drhawass.com/blog/dr-hawass-named-vice-minister-culture-egypt
考古学の経験のない人が長官の座について、
仕事を引き継いでくれないのではないかと懸念していたけれど、
副大臣になったら、退職期限とかないので、来年辞めたりしなくていいということだそうで。
SCAって文化省の下にあるんでしょうか、
とにかく、これからも変わらないと考えていいのかな……?
●サッカラの復旧
http://drhawass.com/blog/restoring-saqqara
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サッカラに行くといつも、私は階段ピラミッドを見たくなります。
ですから最近訪れたとき、SCAがこの遺跡のあちこちで復旧作業をしているのを観察できて、嬉しかったのです。
階段ピラミッドは、第三王朝のジョセル王の治世に建てられました。
この印象的なモニュメントの設計者は、大臣イムホテプでした。
しかしながら年月が一部を損失させており、この遺跡を保護するために復旧作業がはじまりました。
フランスのエジプト学者、ジャン=フィリップ・ロエールは、長年この遺跡の復旧作業に携わっており、近年のSCAのプロジェクトはこれを引き継いだものです。
階段ピラミッドの北側はすでに綺麗に復旧されており、今われわれはピラミッドの南側、状態のよくない場所での復旧作業を行っています。また近い未来、復旧に備えて、ピラミッドの西側(居住区のこと?)を取り除き発掘する計画でいます。
階段ピラミッドの中の、ジョセル王の埋葬室もまた破損しており、入るのは非常に危険です。われわれは、それを保護するためには天井と壁を支える足場を構築するしかないと決定し、イギリスのチームに支援を求めました。
王の石棺を取り除くつもりはありませんが、一度、埋葬室から出してその周りを修復するつもりです。
ジョセル王のピラミッド複合体の一部として、ピラミッドに関連した、「南の墓」と呼ばれる謎めいた建造物があります。
エジプト学者は一般的に、ジョセル王は彼のピラミッドに埋葬されたということで合意していますが、ピラミッドの真南に、王の図像を含むすべての王家の墓の特徴を備えた、もうひとつ別の墓があるのです。
「南の墓」の埋葬室は階段ピラミッド内部のものとよく似ていますが、ずっと小さいです。
この墓は、カー(王の霊)の象徴的な墓だとか、セド祭(王の統治を祝う祭典)で宗教的な役割を担っていたのだろうと考えられてきました。この墓は、ピラミッドの埋葬室よりも損失が少ないのですが、回復する必要がありました。われわれは今それを――ジョセル王の葬祭複合体の特徴であるユニークな青いファイアンス・タイルの壁も含めて、保存するために作業しています。
われわれは今、サッカラのセラペウムも復旧しています。
セラペウムは1851年にオーギュスト・マリエットによって発見され、聖なる雄牛アピスを埋葬するための一連の巨大な地下回廊で構成されます。
崇拝する動物を埋葬することは、プトレマイオス朝の末期まで、サッカラで非常に一般的でした。
われわれは12月にはセラペウムを一般に公開したいと考えています。
サッカラの遺跡は古代エジプト人にとって非常に重要で、多くのモニュメントが保存と復旧を必要としています。
古代エジプトの魔法を世界と共有できるように、SCAはこれらのモニュメントの保存に献身的です。
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今、南の墓の復旧作業中ということでしょうか?
青いタイルは、ピラミッド地下だけかと思っていたのですが、
南の墓の埋葬室にも、同じようにタイルがあるのでしょうか。
一番最後の一文がどういう意味か分かりませんが……魔法を共有ってどういうことだろう?
そのままの意味(夢のような魅力、とかそういう意味?)なら、ザヒ博士らしいような気もします。