古代エジプト関連限定ブログです! 宗教思想関連多め
●クフ王のピラミッドで小さな発見
長らくお待たせいたしました。
日本でもテレビで放送されました、クフ王のピラミッド、王妃の間のシャフト奥にあった、取っ手つきの石。
だいぶ前にされた調査で、あれが今どうなってるのか、
新しく開発された機械に『ジェディ』(ウエストカー・パピルスという、クフ王が登場する物語に出てきた大賢者)の名前をつけ、ジェディ・プロジェクトと命名されたこの調査企画!
やっと、小さくはありますが、
「何か」を見せてくれましたよ!
*
何の話だろう、という方のために
過去記事はこちら。
http://siryoumemo.blog.shinobi.jp/Entry/76/
王妃の間、南のほうのシャフトですね。
すっかり忘れていましたが、これ(取っ手のついた石)に、穴を開けたのでした。
すると、また向こうに、第二のブロックが。
こりゃ、たとえ取っ手つきの石を壊しても、先には進めないな、という……。
そこでどうやら、カメラを使って穴の向こうを撮影してみたらしいのです。
***
まずは、図で見てみたいと思います。 http://www.newscientist.com/articleimages/mg21028144.500/0-first-images-from-great-pyramids-chamber-of-secrets.html
こうしてみると
まあ、だいぶ上のほうに登ったものですねえ……。
ここまでくると、このシャフトが秘密の部屋に通じている……というのは、ちょっと考えにくいかもですね。
そして
この、取っ手のある石も、図で見るとあまり分厚くなく。
穴を空けた先、少し向こうに、これによるとずいぶん大きくて分厚そうなブロックがあるようです。
(実際、どれだけ大きかったり厚かったりするかは、まだ分かってませんが……)
本文を読むと、このブロックは磨かれていないものだということです。
この、
取っ手のあった石と、ブロックの間に、空間が出来ていて、
その空間を「secret chember(隠された部屋)」と表現していますがどう見ても部屋ではないですよね。 部屋ではなく、空間という意味がちゃんとありました。知識不足ですみません。
しかし!
ここでの「発見」はそういうことではなく、
この空間の、床の部分に、
何か書かれたあとのようなものを見つけた(カメラがとらえた)と、言うんですね。
その画像が、こちら
http://www.newscientist.com/articleimages/mg21028144.500/2-first-images-from-great-pyramids-chamber-of-secrets.html
はい
正直、何かさっぱりわかりません。
線のようなものと、丸の下に紐が二本伸びてるようなものが見えるような…。
色が赤茶色で、
ラクガキや、どちらかというと「印」みたいだな、と。
これは、例えば王の間の上部、重量軽減の間と呼ばれている部分にみられる
建設当時の、労働者のラクガキというか、チーム名というか、
あれみたいなもんじゃないかな、と。

これみたいな。(遊学舎/吉村作治エジプト博物館 http://www.yugakusha.net/study/yoshimura_egypt/200807/200807-2.html より)
ついでにクフ王のピラミッド内部の落書きについてはこちら
http://siryoumemo.blog.shinobi.jp/Entry/186/
ということで
新しい画像で見られた赤茶のなにかが
ヒエログリフだったとしても
これだけじゃなんて書いてあるのかわからないですね…
とにかく
「このピラミッドが建てられた後、約4500年間、誰の目にも触れることがなかった!」
というのは、まあ、本当……だと思います。場所が場所だけに。
エジプト学者には
これが解読されれば、このシャフトの存在理由が明かされるかもしれない、といっている人がいるそうですが
そこまでの期待はしないでおきます……。
*
もう1つの小さな発見は
このカメラが、取っ手のついた石の、裏側も撮影したということですが、
この石は、表を見たときから、上質の石灰石、おそらく古代エジプト時代でも質が高い石が取れることで有名だったトゥーラ産のものだろうと言われていました。
表が、きれいに磨かれていたんですよね。
そして裏のほうはというと、
こちらも、またきれいに磨いてあったそうで……
まあ、どっちが裏か表かはわからないですが。
そんなわけで
この石が「無意味」なものだったり
ただの「止め石」だったりは、しないんじゃないか、と考えられているようです。
***
一番上の、
参考サイトの一部をちょっと訳してみます。
Kate Spence, an Egyptologist at the University of Cambridge who was not involved in the study, suspects that since the narrow tunnels can serve no practical purpose, they are almost certainly symbolic. "The metal pins look like symbolic door handles, and the shafts from the Queen's Chamber are oriented north-south, not east-west, so I strongly suspect that their function is symbolic and relates to the stars, not the sun," she says.
ケンブリッジ大学のエジプト学者、ケイト・スペンスは、
(この調査には参加していませんでしたが)
この狭いトンネルには実用的な目的はなく、ほぼ確実に象徴的なものであろうといいます。
「金属のピンは象徴的な扉のハンドルのようだし、王妃の間から伸びるシャフトは東西ではなく南北を指し示しています。
ですから私は、これらの機能は象徴的なもので、太陽ではなく星々に関係しているのではないかという考えを強くしています」
ピラミッドテキストに、王来世に旅立つとき開くべき扉があるという記述がある、
とのことだったですよね。
この部分は、「なぜ王の間には扉がないのか」という疑問を呼んでいましたが
このページに、参考になりそうなことが書いてありました。
While the King's Chamber originally contained Khufu's sarcophagus and possibly his mummy, the Queen's Chamber probably didn't contain the remains of a queen: Khufu's wives were interred in three smaller pyramids of their own. Instead, Spence speculates that the Queen's Chamber may have contained a "ka" statue of the pharaoh. In this interpretation the shafts were built to allow Khufu's ka, or spirit, to cross to the afterlife.
王の間はもともとクフ王の石棺やおそらくミイラも収められていたと考えられますが、
王妃の間はたぶん王妃の遺物が収められていたわけではないでしょう。
というのは、クフ王の妻たちは自分たち用の三つの小さなピラミッドに入っているからです。
しかしながら、スペンスは王妃の間が王の「カー」の像を収めた場所であると推測しています。
この説をとれば、このシャフトは王のカーまたは魂が来世へと旅立つ時に通れるようにするためのものだということになります。
カーの像。なるほどという感じです。
ジェセル王のピラミッド複合体にもカーの像があったですよね。
穴から覗けて(いや覗くのはカーのつもりなんでしょうが)、その手前に置かれた供物を受け取るんですよね。
でもピラミッドの中に用意しちゃって、供物を受け取れたのかな…。
またそういうことについて、考え方が変わったのかもしれませんね。
あまり詳しく知らないので、それまでやその後と比較したり出来ないんですが……。
スペンス女史は
このシャフトは第二のブロックで「終わり」であり、この先には部屋などない、と言っています。
そしてもう一言。
"However, it's fascinating from a symbolic point of view, and this sort of work will allow us to get at the intention behind the construction of the pyramid."
「しかしながら、これは象徴的な視点で見るととても魅力的で、この種の仕事はピラミッド建立の意図を私たちに知らせてくれるでしょう」
一方、
ザヒ・ハワス博士の見解はこうです。
...no other pyramid is known to have a tunnel and doorway like this, which, he says, suggests there could be a hidden room. "The King's Chamber may have been a dummy room, since the most important thing in the mind of the ancient Egyptians was to hide the burial chamber," he says. "We have a story that the magician Djedi met Khufu, who was searching for the god Thoth so he could find the secret of hiding his pyramid. Based on that maybe there is something hidden in the pyramid."
他のピラミッドにはこのような、隠された部屋があることを示唆するようなトンネルや戸口はない、と彼は言います。
「王の間はおそらくダミーだ。古代エジプト人の最も大事にしていたことは、埋葬室を隠すことだったのだから」と、彼。「ピラミッド隠蔽のための秘密を見つけるため、トト神を探し求めていたクフ王が、魔法使いジェディと出会う話を、われわれは知っています。ですから、ピラミッドには何か隠されているものがあるはずなのです」
何か悲痛に響く感じが……
いやでも、あるかもしれないと個人的には思っていますし、あってほしいですね。
例えこれが、それを示唆するものでないとしても。
可能性はまだある、と思っています。
それより
スペンス女史の言っていたとおり
たったこれだけのラクガキでも、情報には違いないですよね。
何より、扉のように見せた石の存在は、やはり無意味とは思えず、そこから「何のために~」の答えが少しでも見えてくるのではないかと。
また、
北側シャフトにも同じような扉があるとのこと、
そちらも調べるのでしょうか、気になります。
ところで
北は、北極星の存在で納得いくんですが、
南は……なんだろう。船に乗る? なぜ南?
疑問は尽きません。
******《追記》******
こちら Discovery News も参考に。
http://news.discovery.com/archaeology/pyramids-hieroglyphs-robot-mystery-110526.html
下のほうを見ると、
次はこの空間の奥にあるもうひとつの石の厚みを調べるようです。
超音波で「叩く」のだとか。
それによって、分厚いブロックか、薄い石なのか、わかるようです。
薄ければ、その先も穴を開けてみようと思うでしょうね、たぶん……。
その次は、北側を調べる予定だそうです。
予定としては、この2011年の終わりまでに調査を終えたいとしています。
ビーズネット・ドレス
http://petriemuseum.com/blog/beadnet-dress/

<第5王朝(カウQauの墓より。UC17743)>ロンドン大学ピートリー博物館
第5王朝(カウQauの墓より。UC17743)のものだそうで。古王国時代ですね。
発見当時、このビーズが動くとちゃりちゃり鳴ることから、踊り子さん用だと考えられていたようですが、
よくよく、壁画を見ると、
女神様とかの服に、ひし形の模様があって、
それが、このビーズドレスにそっくり!
ということで、
これは、おそらく亜麻布のドレスの上に、飾りとして縫いつけた、もしくは装着したものだろう、ということです。
胸のキャップがものすごく気になりますが(笑)
これ、死者用の特別製じゃなくて、本当に着ていたんでしょうか……。
胸の上を縦に走る二本の帯や
アンダーの辺りをぐるっと巡る帯状のビーズ。
見れば見るほど、壁画で描かれていたものだ!と。
帯のような部分も、ビーズだったんですね!
そして、下の方は、房になって、垂れ下がっているようです。
ビーズはファイアンス製だそうです。
古代の服装って本当に気になって。
見た途端「これは!」と思って記事に。
他に出土例はないのでしょうか?
そう思って探してみると…
<ギザ、第4王朝(クフ王の治世)>ボストン美術館
上のものと違う?同じ美術館、古王国時代のもの

ちょっとみつかりましたー!
キレイですよお!
今でもいけるんじゃないかと!!
●ツタンカーメン王墓より出土のトランペット
演奏が聴けますよ。
意外にいろんな音が出るし、よく響きますね!
http://www.youtube.com/watch?v=zr_olu7chEY&feature=youtu.be
10:50~音が聞けます。
ついでにこんな話も。
【ツタンカーメンのトランペットの呪い】
http://articles.boston.com/2011-04-24/news/29469452_1_trumpets-civil-war-bbc
戦端を開くため使われたと考えられるトランペットは
ツタンカーメンのものが世界最古といわれているそう。
出土後初めて吹かれたのが1939年、その数ヵ月後に世界大戦が始まった。
最近、エジプト革命の一週間前にも吹かれているのだとか……。
呪いというか、本当に戦を始めちゃう力があったりして…。
『大ピラミッドに隠された二つの部屋』入り口は?(2)
http://www.talkingpyramids.com/two-secret-pyramid-chambers-revealed/
の、下のほう、更新部分です。
一つ前の記事で訳していたものhttp://siryoumemo.blog.shinobi.jp/Entry/189/の、続きです。
では、また意訳してみます。
*****
* 更新 *
私がこの記事を投稿したあと、ジャン・ピエールが北側の石の配列の意義と、西の壁とどう違うかを説明する手紙を送ってきました。
隠された入り口の上部にある石はその左右の石に支えられている、という手がかりはそう単純ではなく、支えとなる柱廊(portico)が二列4ブロックの高さで作られ、頂上にまぐさ(横木)を据えている、ということでした。
----(以下、ジャン・ピエール・ウーダン氏の説明)----
第二の入り口を隠すブロックのために、北の壁の後ろの通路が存在することを証明する図をいくつか添えます。

北の壁にかかる何千トンもの負荷のすべては、壁に見せかけた(?)強力な柱廊(赤で示した)で支えられています。3つのブロック、それぞれ3.5トン以下程度のもの(黄色で示した)が封印ブロック(白で示した)の上にあり、それらも巧妙に、柱廊に支えられています。入り口のブロックだけが、全ての負荷から免れています。

封印ブロック(赤矢印)と上の3つは、柱廊の間に残された空間を埋めている。まぐさに長い亀裂が見える。

はじめのブロック、つまり入り口のブロックの上にあるまぐさは、Al-Mamoun がブロックの基底に穴を掘ったときに亀裂が入りました。――ご存知、この部屋の壁面は32mありますが、彼はちょうどこのブロックの基底を掘ったんです。興味深いことです――おそらく、葬儀のあとにブロックを押すのに使用した砂の形跡かたっぷり押しこまれたモルタルがあったくらいでしょう。
まぐさの亀裂は、上部の第一の石と第二の石の間に小さな隙間があった証拠です。隙間は、封印ブロックを後ろの通路から押し入れるのに十分なゆとりをつくっているのです。
封印ブロックもまた、右側が欠けています。まぐさに亀裂が入ったときに上からの負荷によって砕けたのでしょう。
亀裂は第四列目の、柱廊でも起こっています。これらの詳細すべてが非常にわずかな解決の証拠なのです。

この図では、ブロック右側のゆるい接合部分が1988年にSCAの修復作業によって埋め合わされたことが分かります。こうして埋め合わせられても、この接合部分にはクレジットカードを差し込む余裕があるのです。
さらに、封印ブロックの位置は残りの壁のものと同じではありません。同じクレジットカードを封印ブロックに沿って滑らせると、右の石につまづくのです。
基底部分では、床の石版はAl-Mamoun(とヴィース)が穴を掘ったあと1998年に修理されています。

(黄色で示したのが、Al-Mamounの掘った部分です)
1986年に実施された微少重量測定(?Microgravimetry)で、ちょうどこの封印ブロックの後ろに陰性の異常(?negative anomaly )が示されました。

『Microgravimetry probes the Great Pyramid』 1987年1月Geophyics magazine出版 より抜粋
「主な陰性の異常(negative anomaly)は王の間の床の北西の角です」
これは王妃の間で見つけることのできる同じ類の入り口と通路です。
吉村教授と早稲田大学の調査隊がレーダーを用いた二つの調査を、1987年に王妃の間で行いました。どちらの調査でも同様の結果が得られ、公式報告で説明されています。
(『エジプトの文化の研究 No.8 非破壊的なピラミッド調査(2)』)
そこには、既知のものと平行して伸びる30mの長さの第二の回廊が見つかったと報告されており、この回廊は北向きの壁の北西の角から始まっている、とあります。<王の間も同様に>

そしてこの第二の回廊の位置は北のシャフト(通気口)の位置についてを説明します。シャフトは、東と西の回廊の壁のちょうど間に挿入されているのです。

そしてそこにセットすると、このシャフトは王の間の二つの全室から伸びる回廊を避けるために西に向かって曲がらなければなりません。
思い出してください、ピラミッドの入り口は北側にあります。王の間に行くために最も短くてすむのは、その部屋へ北の壁から入ることなのです!
さて、西の壁についてですが、
指摘されたブロックの上のまぐさにの上には、負荷を受け止めるための柱廊がありません。

何千トンという上からの負荷は全てそのブロックに注がれます。(この写真では、北の壁にある3つの隙間を埋めたブロックがよく識別できます)
-----(説明、以上)-----
******
同じことをいくらか繰り返しましたが、
北だけでなく、西にもあると思われた石が、実は北のものと様子が違うということが、細かく説明されていたようです。
負荷の問題は、専門的過ぎて、よく分からないので、そうなのかあ、というくらいですが……。
ここでも、ウーダン氏はあの、王妃の間から伸びる通気口の「奇妙な屈折」を理由に挙げています。説得力があるように感じます。
王妃の間から伸びているらしい回廊の存在。同じものが王の間にあっても、不思議じゃない気がします(しかし王妃の間は一体なんなんだろう)。
加えて、ここで説明された「既知の回廊と、第二の回廊の間から、通気口(と呼ばれるシャフト)が伸びている」というのは、なんだか意味深な感じがしてしまいますね。
封印ブロックだと信じられている石の周りに、隙間があること(それを修復と称して埋めていること)も気になるところです。
ひとつ、ブログの筆者(ウナス王のピラミッドテキストのページをまとめているヴィンセント氏)が提示した疑問(どうして王妃の間と同じ、北の壁の西の角でなく、少しずれているのか)については、どうもまだよく分からないという感じですが……。
そういえば、図を見ていると
ジャン・ピエール・ウーダン氏は、ピラミッドの入り口の少し行ったところの上部に、何か部屋があると、具体的なイメージを浮かべているようですね。
どこから出てきたのかよく分からなかったのですが(汗)……。
この説も、まったくこの通りかは置いておいて、
無視できない説だな、と思いました。
『大ピラミッドに隠された二つの部屋』入り口は?
http://www.talkingpyramids.com/two-secret-pyramid-chambers-revealed/
突っ込み入りました。
でも、否定的ではなく、疑問を提示しているくらいで、
しかも、更に説得力が増してる気がするのは私だけ……?
後半は、疑問に対しウーダン氏からの回答を載せています。
途中から、意訳します。
(建築などの専門用語が多くて、日本語が間違っていたらすみません)
***
ジャン・ピエールが完全に機械的に(デジタルシュミレーションなどによって)ピラミッド建設に参加してみたところ、既存の回廊(corrider)と通路は葬列が通るのに実用的でないと考えました。王の間にも、王妃の間にも、神官や葬列が通るための通路が必要であると考えたのです。
ジャン・ピエールをこの結論へと導いた手がかりの一つは、王の間の北側の壁にある床に接した石のひとつです。その石は、上部の大きな石を支えていません。上部の石は代わりにその石の左右に置かれた石に支えられているのです。この特徴のため、この石は出口の通路を隠しうる、とジャン・ピエールは示しました。
しかし同じことがこの部屋の他の石にも言えます。例えば西側の壁の真ん中(下の写真の、緑の枠で示したもの)です。(ジャン・ピエールの示した石は、金で示してあります)

ちなみに、初期の探検家がこの石の真正面に深い穴を掘っていますが、掘り下げただけで、北側の壁の下まで調べませんでした。床はつい最近修復されたものです。

長い空洞の形跡なら検出されています。それは、王妃の間につづく回廊の西側から伸びています。1986年、この回廊のある壁の西側の区画の石が妙な配置になっている事に気付き、フランスの調査隊が微小重力スキャンを用いて調べたことで、隠された回廊の存在を示すことが出来たのです。
回廊のある西側の壁に三つの穴がうがたれ、細かい砂で埋められた空洞が見つかりました。
一年後、早稲田大学の日本調査隊が現場に到着し、地中レーダー器具を用いて回廊のある西の壁を調査したところ、その空洞は隠された回廊の可能性がある、という結果が示されました。彼らは王妃の間の壁をスキャンし、王妃の間の北の壁の、およそ3メートル後ろに長くのびた空洞を検出し、その全長が回廊に並行して伸びていることが分かりました。
「この新しく発見された通路は、王妃の間の北側の壁からちょうど1ブロックの幅だけ進んだところから始まっています。映像は王妃の間をおよそ30メートル北にいったところで終わっています。よって、通路はここで終わっているか、またはここから西へと直角に曲がっていると考えられます」
そういうわけで、秘密の通路への隠された入り口は、部屋の北側の壁の西端にあるということが、王妃の間において前例として示されるでしょう。この見解でゆくと、王の間にも同じ位置に、同じような隠された入り口があるとしたほうが信用できます。
言及する価値があるだろうと思われることがもう1つ。ピラミッド・テキストが書かれているような後のピラミッドでは、壁のこの部分は通常、象徴的な『偽扉』のモチーフを表すパターンで覆われているのです。

******
以上が、更新前の部分です。
あの、ウナス王の石棺をおいてある部屋の模様って、偽扉だったのか……!?
あれかと思った、ファザード? 「王宮正面」の模様かなと。
あと、王妃の間にそんな秘密があったとは知りませんでした……。
そりゃ、何か他に部屋や道があってもおかしくないですよね……考えてみれば。
1ブロック先から始まる通路=石で通路の入り口をふさいだ
ということですよね。うわー。
これと同じなら分かるけど、ウーダン氏の指摘によると、左端じゃなくて1つぶん右の石で、位置が同じではないなあという感じで指摘してます。
どちらにしても、
偽扉の模様が施される部分であるというのは興味深い指摘ですよね。
……それと、回廊があるのと、関係があるのかどうかは、謎ですが。
王妃の間の回廊については、図を見たほうが分かりやすいですよね。
『西側の』といっていますが、壁は北向きの壁で、その壁の右のほう=西側だということみたいで(こんがらがっちゃった)。
この図については、このあと訳す「更新」部分に、ジャン・ピエール(ウーダン)氏から届いているようです。
建築家なので専門用語がよく分かりません(汗)。
続きはこちら
http://siryoumemo.blog.shinobi.jp/Entry/190/