古代エジプト関連限定ブログです! 宗教思想関連多め
コメントありがとうございます、励みになります!
すみません、更新が滞ってしまって……。
また何か見つけて、記事にしてみます。
マイペースですが、これからもよろしくお願いします。
>ayumiさま
記事を見てくださってありがとうございます。
バハレイヤオアシスで発見された石棺の主、知事ジェドコンス・エフアンクがどのような人物であったのか、
私の力ではそれについての詳細を探すことができませんでした。
ジェドコンスという名前の人物も大勢存在していたようですが(男女いろいろ)、
発見場所や肩書きが一致するものが見つからず……。
お力になれず、すみません。
****
今までにもたくさんの拍手、ありがとうございます。 励みになります。
岡山オリエント美術館
http://www.city.okayama.jp/orientmuseum/
この夏は、
オランダのライデン博物館所蔵の品が200点ほどくるということで。
行って参りました、岡山オリエント美術館!
特設ページはこちら
『古代エジプト 神秘のミイラ展』
http://www.city.okayama.jp/orientmuseum/exhibits/MUMMY/index.html
動画による紹介はこちら(山陽新聞web news)
http://mov.sanyo.oni.co.jp/movie/content/mid/20110728195211917/
沖縄から始まったこの展示会。
初めて日本で紹介されたものを(web上で)見た時に、
実を言うと、そこまで期待できないかなあって思ってたりして…
いやっ、すみません!
ちょっと、末期王朝時代とか、あんまりあれなので……個人的に。
でも
行って良かったです!
☆ いろいろ愛を感じる岡山オリエント
入り口
オシリス神……
トイレ案内
男性用トイレには女神の説明が貼ってあったとかw
岡山放送のマスコット、OHちゃん(がツタンカーメンになった図)
上二つ、毎回だったらすみません、今回初めて気付いた……。
*
実は、行ってみると
末期王朝時代のものも確かにあったのですが(神像とか……)
そうでないものもちゃんとあって!
お勧め、みたいに書かれていた死者の書より、
あの、シャンポリオンのノートより、
細かな装飾の、アメンヘテプの棺より、
それ以外のもの、
ピラミディオンや、
アムドゥアトのパピルス、
アラバスターの香油壷、取っ手つきの壷、櫛、ボート模型
何よりネックレス!
……などのほうが、個人的には「素敵!」と思ってしまいました(笑)。
*
ミイラに関わる品が多く
護符のような小さなものが何点も来ていて(シャブティも多かったな)、
ミイラも棺も二種類くらい(どちらもけっこう保存状態がいいものでした、選り抜きかな)
死者の書、カノポス壷などいつものものが並びましたが、
ステラやピラミディオンは、新王国時代の、美しく丁寧な彫のものが多く。
全部ではないのですが、ピックアップして説明を詳しく書かれたパネルが置いてあったりするので、
そこを読んで、もう一度見ると、「ほんとだ!」ということが多くて、
(例えば、ピラミディオンの一面に何が描かれていて、ヒエログリフはどういう意味か、まで)
それが、楽しかったのです!
なんて丁寧な説明書きなのだろう、と。
(後で知ったのですが、図説のものそのままだったようです)
*
演出も素敵でした。
パウィアメンのミイラは、黒い布に囲まれた空間の中に一つひっそりと、ガラスに囲まれて横たわっているのですが
それがなんとも、神秘的というか、厳かな感じがします。
同じような、ビーズネットをミイラの上に置いたもの(アンクホルのミイラ)が、別の場所に展示されていますが、
こちらは、内部の人型棺2つと、外部の四角い棺などを合わせて、明るい場所に続けて展示されていました。
同じようなミイラなのに、
やはり雰囲気のせいでしょうか、小さな子供が(おそらく怖いものみたさで)パウィアメンを何度も見に行きたがるんですよね……。
帰ってもその話しかしてませんでした(笑)。
雰囲気だけでなく、
ポイントをおさえて、パネルで説明してあるのが素敵なのです。
パウィアメンのものであれば、
・なぜネットをかけているのか(オシリス神の図像に用いていたため、死者をオシリスに見立てて)、
・空の色である青を用い、天空神ヌト(死者の母なる女神)の加護を求めている。
・スカラベと、ホルスの4人の息子をお守りに、ファイアンス・ビーズで編みこんでいる。
そして
自分の目で、ビーズを繋げている紐の様子を見てみたりする。
四人の息子も、ビーズで出来ていて、髪の部分はその形に青のビーズを用いているのかな(神の髪はラピスラズリ!!のつもりかなと)? あとはきれいに白、赤、水色…と縞模様。
スカラベの羽の部分をビーズで組む様子も、素敵です。
これは図録のはじめのページでも確認できます。
アンクホルのミイラは、
ビーズがほとんど青色で、護符が金ですね。
パウィアメンの「ホルスの4人の息子」は全部人型で区別つきませんが
こちらは頭部を分けているので区別がつきます。
下の、房の部分がちょっと違いますよね。
(これらは以前、古王国時代のビーズネット・ドレスを見た時にどちらのパターンも確認していると思います)
ところで
アンクホルのミイラは、最後の目玉みたいな扱いでしたが
「アンクホル」という名前のつづりを知らせて「探してみよう!」とあったり、
棺の一部をどう読むか、抜き出して説明してあったりと
いろいろ、ナルホドやるなぁ!という感じです。
そういう楽しみ方が、私自身、一番好きです!
でも、まあ、読めないとなかなか出来ないので、こうしてヒントがあると助かるのです……。
ヒエログリフ読めない家族も、探したらしく「たくさんあった」と嬉しそうに言ってました。
*
パピルスは
死者の書(後代で、有名な場面を描いたものだが文字がないもの)や
同じ死者の書でも、葬儀の場面を詳しく描いた、まるで個人の墓の壁画のようなもの(損傷はあるが、さまざまな場面が描かれており、それについて詳しい説明がパネルにある)、
神話パピルス、
そして、アムドゥアトの書。
これ、壁画以外に、パピルスで残されてるとは知りませんでしたが……、
すごくキレイです。丁寧に描かれたものだなあと思いました。
*
取っ手付き軟膏壷
これ、取っ手の部分がガゼルの頭部(高く伸びた角!)なんですね!
すごく素敵なデザインだなあと……。
またアラバスターと言う素材が好きです。光に透けて……。
(しかしこれじゃ分かりづらいですよね画像……。二本の角はつながっていて、耳のあたりに穴が開いていました。蓋もあったなあ)
大き目のだと
夫婦の像というのがきてました。
ちょっと欠けてるけど、全体のバランスがすごく美しいので
そういうものを集めてくれたんだなあという気がします、全体的に。
*
模型の船
2つきていましたが
これ、いいですよ
まず、葬儀の様子を描いたパピルスを見てから、この船を見たんですが
ミイラが運ばれていて、その前に牛が一頭。何か飲むか食べるかしてますね。
これは、死者に捧げる供物になる牛さんですね……。
葬儀のあとにはどんちゃん騒ぎが待ってるんだろうか……。
この、
ミイラの後ろ、棺(?)の前の棒は
何かはっきりしないが、呪術的な理由があったのではとのこと。
牛さんの皮でも吊るすでしょうか……(まったくの想像です)
*
個人的に一番hitだったのは
ファイアンス製のネックレスですね。
(すみません、貴石類が中心のものであるため、「ファイアンス製」とは言わないそうです。
ご指摘ありがとうございました!)
ネックレス類は、どれも見甲斐があるものでしたが
(と言うか、やっぱり全体的に、目で見て美しいものを選んでいるような気がします)
たくさんの色を使いながら、うるさくなく、
エジプトらしさを感じるこのネックレスは本当に素敵でした。
あまり色が多いと、どうしてもチラチラして、まとまりなくなるじゃないですか。
それが、エジプトの装飾は(全部とは言いませんが)ちがうんですね、
すばらしいバランスで、すべてが全体を生かしてる感じのものがあります。
これは、そういうものの一つだなあと……
すっかり、見入ってしまいました。
***
ところで、ですね。
上のネックレス、「そんなにキレイかな?」と思いませんか?
まあ、実物見ても、感覚それぞれ、お気に召さない方もいらっしゃるでしょうが、
この、写真。図録のものなんですが
ものすごく、ショックです。
画質が悪いのか(まあ悪いんですが)、バックの色が悪いのか(ありそう)
何でこんなに、色がうるさく見えるんだろうこの画像!
美術品って、写真写りで印象が変わること、多くないですか?
金属や透明感のあるものはもちろん、そうでなくても、光や周りの色、角度などで、大分違って見えますよね。
有名なツタンカーメンの遺物でも、写真によってまったく違う顔を見せてくれるなとよく思います。
しかしまあ、これは………
ちょっと、ひどいです……。
惚れたものなので、なおさら、こう、がっかり感が……。
さてここからは図録の話。
この図録、1200円くらいと非常に安いのですが、
酷いです。
何が酷いって、画像が酷い。
全部とは言いません。丁寧に撮っているものもあります。
ですが、ほとんどの画像が粗い。粗すぎる。カクカクしてる。
動画を切り貼りしたか、小さいものを無理やり拡大したようなものが半分は占めてます!
こんな図録、今まで手にしたことがないので……、
なんというか、
これは、ないだろう、と。
こんなに美しいものを、こんな画像で扱って、恥ずかしくないのか、と思います。
画像を処理した側に愛が感じられないです。酷い。
シャンポリオンのノートが目玉なのか、これを大きく数ページ扱ってますが
正直字が読めないのであまり意味を見出せません……。
なぜ、
他の美術品、
例えば護符一つ一つを、
ステラを
アラバスターの壷を
棺を
このように、細部まで分かるように大きく、丁寧に写したりしなかったんだろう!
レイアウトが斬新なのかもしれませんが、
展示したものの半分も、きちんと写していないし、
せっかく、生を目で見て感動したものを、図録で思い出し、より深く知ろうと思ったのに、
これじゃあ、あまり役に立たない……。
展示の雰囲気はいくらか伝わるかもしれませんが
場所や様子が違うし……
それより一つ一つを丁寧に見たかったよ……。
ただ、
図録の説明は、
(前述のとおり、展示室内に説明として加えられていましたが)
とても詳しく、一つのものをより深く掘り下げ、見る人へ「視点」を与えてくれるもので、
すばらしいなと、思いました。 勉強になるなと。
だからこそ、もったいないと言うか……
ど う し て こ う な っ た
うーん、残念です。
時間がなかったのか。
不思議です。
訳に不備があるとのことで
訂正の紙が入ってましたが
中野先生、とても厳しいです……私が添削されてる気分でした(笑)
でも、誤訳してる部分もあったし、
なにより、やはり表現は統一(出来るだけ)した方が、分かりやすいですよね!
う、私も、頑張らなくては……。
**
最後に
図録に突っ込み
これはマアトじゃないwww
アンハイの死者の書の挿絵の一部で、女神官アンハイその人。
だってマアト様こんなにごちゃ飾りしないし……
何より、こういうヒダのある流行服を、神様は着ないのですよね。
《続き2》最古の「白冠の王」の岩絵について
***
PDFです。
http://nabilswelim.com/downloads/K_D_rd%20.pdf
エジプト学者ナビル・スウェリム教授が2010年11月に書いた(?)ものです。
簡単に要約すると、
*
Manshiyet el Bakryのラビブ・ハバシュ博士の家に行った時、この岩絵の写真――犬を伴った王の行列を描いたもの――を見つけ、
研究のためにコピーすることを博士から勧められた。
そのときラビブ・ハバシュ博士は、
この図についての出版をハンス(Hans Goedicke)がするか自分がするかはっきりしていなかった、と伝えたそうです。
数年後の1985年にハンス氏に出会ったとき、この図についてたずねると、
出版についてなんと言っていたか分からない、と言ったそうです。
それから30年ほど経って、2008年に、Stan Hendrickxが(エジプトの)神聖動物について話していた時に、この図についてを思い出し、
フランシスコ(Francesco Rafael)のウェブサイトにて公表しようと考えたそうです。
フランシスコに連絡すると、
この図に似たラフスケッチを『DE MORGAN, Catalogue des monuments et al inscriptions, 1894』から発見し、
またスタン氏Stan Hendrickxにコピーを送ったそうです。
スタン氏から連絡があり、
岩絵について出版されたものを読み返したが、これは今まで出版された様子がないということ、
(岩絵について詳しい知人に確認しても、まったく知らなかった)
この場面はナルメル王とさそり王の棍棒頭との関連性において最も興味深く、この犬はこの場面に属しており、「王の動物」として表されている最も最近の(新しい?)ものと見ることができる、ということを伝え、
将来出版されるときのために描画を準備してくれたということです。
その後、マリア・C・ガット博士が岩絵の場所を見つけた(が、残念ながら損傷していたため、修復することになった)ということです。
*******
もうひとつ、PDF
http://www.egyptologyforum.org/bbs/Hendrickx_Gatto_LR.pdf
こちらは、岩絵全体について、
かなり細かく書いています。
これも部分的に訳します。
*
◆はじめに
この岩絵の(王の記念祭のシーンの)写真は
1970年代にDieter Johannesによって、ラビブ・ハバシュ博士のために撮られたもので、
残念ながらこれ以外は残っていない。
この場面の描かれた部分は、
すでにA.H.Sayceによって19世紀後期に観察されていたために
より精密に明らかにすることが出来る。
しかし当時、ナルメル王のパレットやさそり王の棍棒頭というものがまだ見つかっていなかったために、これが初期王朝時代のものであるとか、王を描いたものであるということに気付けなかった。
2008年に
マリア・C・ガット博士が岩絵の場所を発見するが、
1970年代に撮られた写真と比べて損傷が激しく、
のみで深く削られたような跡が岩絵全体にあった。
明らかに故意のもので、子供にはできそうもないものだった。
船室と人物の図形は特に破壊者の関心の的だったらしい(損傷が激しい)。
全体を取り除こうと、より大きなのみを使った跡も見受けられる。
◆描写
岩絵は狭い峡谷に位置し、
涸れ谷から見ることが難しいため、
一帯の調査をしていた最近でも発見できなかった。
ただし、その場所自体が「隠されている」わけではないので、
見つけさえすれば位置を示すのは難しくない場所にある。
損傷はあったが、全体のレイアウトを知るには問題なかった。
王の描かれた図のほか、
5つの船と他にちょっとした要素が見られる。
人とボートは左に向いており、
人は涸れ谷(つまりアスワン)の方を向いてるように表されている。
岩絵の全体のグループが単一の存在で、
船についた枝々など細部から判断するに、全てひとりのアーティストによって描かれたものと思われる。
王の図のある部分は、
それぞれの図形の位置が残っているためにまだ判別できるが、
ほぼ全体の細部がなくなってしまっている。
けれど、昔の写真と今もまだ見えてる部分を合わせれば、この場面の正確な復元は可能だろう。
5つの船のうち4つはほとんど形も詳細も同じで、
先頭も船尾も高く、弧を描いていて、覆いの上のほうを縄でチェック柄にした二つの船室がついている。
5つめの船はよりぎこちなく、岩絵の底に描かれ、
上の、王の図像が描かれたグループの船より下方にある。
先頭や船尾が他の船と同じくらい高く描かれていますが、他のものと違い、それは幅広くも、湾曲してもなく、代わりに幅が狭く、尖っている。
この船にはひとつの船室しかなく、縄のチェック柄を欠いている。
この船が“下位の”位置にあり、
これが涸れ谷からやってきて初めての船の対戦であった事実から、
この岩絵が全体で「渡来」を表現していると考えられる。
3つのボートは低めに描かれ、
王のグループと関連付けられる1つは初めに表される。
内容に関して、これが岩絵全体で最も重要な要素であるだけでなく、
涸れ谷から来る誰もが、この岩絵の重要な部分にすぐ注意を向けられるようにしている。
ボートより上に描かれた犬の位置は
その後ろの王と比較して、動物は低い地位にあるという理由に違いない。
このことが明らかに犬を船と結び付けるが、
厳密に言えばこれらの部分が王の場面の一部と考えられたに違いない。
二つ目の船の上に二人の人物が見えるが、
残念ながらこれらは今、のみで削り去られてしまっている。
最後の船の上には、何も表されていないらしい。
今議論した、
3つの船の上にある大きな船は、
より以前に描かれて残されていたキリンの絵と合体させるために、より高い位置に描かれた。
このキリンは岩絵の他の全ての要素に比べてより古いスケッチ・スタイルで描かれ、明らかに別の人間の手によるものである。
最後に、
この岩絵で最も重要な要素である、初めの舟の前に描かれた4人の男性の列について。
彼らは岩壁の縁に描かれているため、侵食されにくかった。
そしてだからこそ、この列は元はもっと多くの人数で構成されていたかもしれない。
彼らはロープを手にし、それが船自身に繋がっていないというのに、明らかに後ろの船を引いている。
似たような場面は、かなり頻繁に岩絵に表され、
それらは様々な解釈をされているが、われわれの意見では、船の行列に関係していると考えられ、それは議論中の場面によって確証されそうである。
年代的な位置はおそらく
さそり王の棍棒頭がすでにロイヤルグループに入ると主張される頃かその直前。(?)
さそり王の棍棒頭の図像表現とよく似ており、
神の標章持ちと、扇持ち、そして白冠の位置などが関係していることはすでに述べられている。
しかし今、もう2つを議題に加えなければならないだろう。
1つめ。
最初に船の上に縄でチェック柄を施していると書いたが
これはナカダⅡ期の岩絵や土器に見られる船には表されていない。
しかし、先王朝時代後期と初期王朝時代には常に表されている。
2つめ。
より重要なのは、四人の船を引くものたちの描写スタイルに関係している。
まず、彼らは公式なエジプトスタイルで、つまり顔は横向き、体は正面を向いて描かれている。
次に、彼らは先王朝時代後期のパレットに描かれたほとんどの男性の図と同じくあごひげをつけているが、
ナルメル王のパレットでは、王の傍にいる最も重要な人物は、王のサンダル持ちを含め、あごひげをつけていない。
初期王朝時代の記念碑と
公式なスタイルにおいて関連があることに加えて、
ナグ・エルハンドゥラブの絵は上エジプトの岩絵と主題のつながりが見られる。
その例は、船と動物の組み合わせ、
そして船を引く人の存在である。
これに着目すると、そこにはもっとも興味深い、岩絵から公式な絵への「過渡期」が見られる。
しかしこれにはナグ・エルハンドゥラブの全ての岩絵の前後関係について更なる研究が必要となるだろう。
もちろん、最近出版された、同じ谷にある別の、船の描かれた岩絵の場面との前後関係を議論しなければならない。
その(別の岩絵の)船は上で議論したものと形やサイズが同じで、
いくつかは船首の内側に花の模様を飾っている。
その船のうちひとつに、ここに表現されたものとよく似た、白冠をかぶっているように見える王の姿が正しい方法で(?)描かれている。
明らかに、ナグ・エルハンドゥラブの船の場面はそれぞれつながりがあるように描かれている。
****
このあたりは
他にも似たような岩絵があって
王の姿も描かれているんですね!
先王朝時代から、初期王朝時代へと変わっていく『過渡期』。
この二つの時期の、描画スタイルの違いについてもいろいろ勉強になります。
キリン……であってるんでしょうか
どうしてそれに合わせたんだろう???
とにかく全体を図で見ないと、どうも分かりにくいです。
****
さて
上のほうのリンク
http://nabilswelim.com/downloads/K_D_rd%20.pdf
に、線で起こした図がありますが、
これを見ると、神の旗竿の上にあるもの(標章)は
・左側=前も後ろも、船か月のように湾曲して立ち上がっている。内側には鳥?
・右側=前だけが立ち上がっている。二つの耳が上に向かって立っており、長めの尾は下に向いている(セト・アニマルではない)
で、
左側はアンティ(船に乗る鳥の神。ネムティ)に似ているし
(アビドスUj墓出土のラベル110に表されているような
http://content.yudu.com/Library/A1ij30/AbydosTombUj/resources/21.htm)、
右側は、「前が立ち上がって」いて尾のある動物でセト・アニマルじゃないので
こういうシーンの標章によく見られるものの中では
ウプウアウトに似ていますね。
神聖動物としての犬について
あまりよく知らないので
機会があったら調べてみたいです。
**
◇関連ブログ
「最古の「白冠の王」の画の“再”発見 」
「《続き1》最古の「白冠の王」の岩絵 」
●《続き》最古の「白冠の王」の岩絵
マリア・カルメラ・ガット博士のブログより
http://yale.academia.edu/MariaCGatto/Blog/18399/DISCOVERED-IN-ASWAN-THE-EARLIEST-REPRESENTATION-OF-AN-EGYPTIAN-KING-WEARING-THE-WHITE-CROWN
もう少し詳しく情報が載っていたので
(残念ながら図は無しです)
かぶらない程度に、少し訳してみます。
****
エール大学とベルリンのBologna and Provinciale Hogeschool大学からなる調査隊が、
約半世紀前に有名なエジプト学者ラビブ・ハバシュによって、アスワン北部のナイル川西岸ナル・エルハンドゥラブ付近で発見された遺跡の、
第一の碑文の移転と、デジタル記録を、完了しました。
この新しい、徹底的な研究は、
以前は知られていなかった、国王のイメージについて、重要な、初期王朝時代の周期(サイクル)をあぶりだしています。
初期のヒエログリフの銘についてもそうです。
この遺跡は近年、部分的に損傷を受けていましたが、
デジタル手法と、ハバシュ博士の写真(現在はルクソールのシカゴ・ハウスにあり)が有効であったおかげで、
主な図は描写とデジタル・イメージによって再構築することが出来ました。
この図像グループと短い刻銘――紀元前およそ3200年、王朝時代のあけぼの期に刻まれた――にはもっとも初期の描写が記録されています。
それには、国家の記念祭の主要素が全てそろっているのです。
・エジプトの冠と思われるものをかぶった、エジプトの支配者
・「ホルスの従者たち」
・国家裁判所
これらはパレルモ・ストーンなどで説明され、初期王朝時代のものとして知られています。
ナグ・エルハンドゥラブの場面はユニークで、
船と動物が優勢な力のイメージをもった、儀式的な先王朝時代の記念祭の世界と、
事象を支配する人間の指導者のイメージをもった、国家的なファラオの記念祭の世界とを、繋げています。
また、このイメージの周期(サイクル)は
最高の(人間の)聖職者としての
統治者の出現と、人と神の力が具現化される兆候とを示している、といえるかもしれません。
ナグ・エルハンドゥラブの周期は
先王朝時代の古い船で行う記念祭の周期の最後にあたり、
王位の象徴――白冠のもっとも古い形状がここに描かれています――を身につけたファラオが統括する周期のはじめにあたります。
またこの周期は
こうした図像がヒエログリフによって注解されるはじめの周期です。
「つき従う」を意味する管(?vessel)のテキストは、おそらく「ホルスの従者たち」を意味し、
よってこれは、エジプトで最古の税の徴収を記録したもので、
エジプト全土、そしておそらくヌビアも含めた、国王による経済政策を説明するでしょう。
ナグ・エルハンドゥラブのイメージ周期はおそらく紀元前約3200年にあたり、
それはナカダ後期に該当します。
言い換えれば、サソリ王(アビドスUj墓の持ち主)――第0王朝のはじめの王――と、
ナルメル――第1王朝のはじめの統治者――との、間です。
・・・・・・
****
ちょっと難解でした……合ってるかな…
岩絵自体は50年ほど前に発見されていて、
損傷したものを、修復していたのですね。
その中に、最古と思われる、白冠の王の図があった(これが発見)、
ということでしょうか。
岩絵から読み取ることが出来ること、
いろいろ勉強になります。
◇関連ブログ
「最古の「白冠の王」の画の“再”発見 」
このエントリの続き↓
「《続き2》最古の「白冠の王」の岩絵 」
●王が白冠を頂いて描かれた最も古い画の発見
2011.7.4 ※追記は一番下に
【画像あり】
http://luxortimesmagazine.blogspot.com/2011/07/oldest-depiction-of-egyptian-king.html
上記のページを軽く訳します。
****
ザヒ・ハワス博士によると、
マリア・カルメラ・ガット博士(アスワン-コムオンボ・プロジェクトのディレクター)は
アスワンの北西、ナグ・エルハンドゥラブNag el-Hamdulabで
上エジプトの冠をかぶる王が描かれた最古の絵を発見しました。
※“再”発見、だそうです
この絵は、国家の式典の様子を描いたもので、第0王朝にさかのぼります。ハワス氏:
「この発見には多くの象形文字的な画が含まれ、
はじめに描かれたものは、別のの王朝時代で知られている王家の式典であることにまず間違いないだろう。
それは王が白冠をかぶり、ホルスの従者または国家の判事らと同行している場面である」
マリア・カルメラ博士:
「この発見は、アスワンのナグ・エルハンドゥラブの西岸でラビブ・ハバシ博士が発見した遺跡の調査内容を更新するか、完成させるものでしょう。
最新の研究では、その遺跡が第0王朝の、ナルメル王の墓(BC2960-2770)と同じ頃にさかのぼるとされているのです。
この発見の重要性は、
王に監督され同行するもの――二人の標章を運ぶ者と、一人の扇持ち、一匹のイヌ――を描いた、王先王朝時代の岩絵であるという点で
独特であるということです」
ナル・エルハンドゥラブの画と、
さそり王の棍棒頭、ナルメル王の棍棒頭そしてナルメル王のパレットに描かれた図には
かなり似通った部分が認められます。
つまり、
弓を踏みつけた男、地に横たわった捕虜をつかんでいる男の図です。
・・・・・
****
画像をもっとはっきり見たいですね。
線で起こしてくれるとありがたいです、特にPCの画面ではなかなか……。
発見されたばかりなので、これからでしょうか。
個人的には、標章の上にどんな図が描かれていたかがちょっと気になりますが
図の様子を見ると、あまりはっきり分からないかもしれませんね……。
とにかく
戴冠式の様子らしいので、図をよく見てみたいです。
素敵な発見ですね~!
古いもので、図があると、嬉しくなっちゃいます。
***
《追記》
似てると書かれているサソリ王やナルメル王の棍棒頭・パレットの画像
・さそり王の棍棒頭
http://xoomer.virgilio.it/francescoraf/hesyra/new/Scorpion.gif
・ナルメル王の棍棒頭
http://iteror.org/big/Source/images/NarmerMacehead_DrawnIfrah.png
・ナルメル王のパレット
http://www.unc.edu/courses/2005fall/art/080a/001/IMAGE%20BANK/images-early%20dynastic%20egypt/NarmerObverse.-web.jpg
**
岩絵の
大きい画像ありました!
線に起こしている途中のものも!
http://www.egyptologyforum.org/bbs/Nag_el-Hamdulab.html
これからまた詳しく調査されるのだと思います。
詳細が分かったら、また…。
◆続きはこちらの記事に。
マリア・カルメラ博士のブログから。
http://siryoumemo.blog.shinobi.jp/Entry/202/
より細かい内容はこちら
http://siryoumemo.blog.shinobi.jp/Entry/203/